Undine

憎んだり愛したり忙しい

11月の海に死にたい

愛はなけなし

愛はなけなし

きっと何人かの人には話したお話だと思うんだけれど、私は、孤独への耐性がまるでない。いや、1人でも孤独を感じないことなんてままあるし、この場合の孤独ってなんなんだろうな。さみしさ?

私にとっての孤独とは、静かなものではないし、ごく淡い水色でも白色でもない。
それは耳を劈く騒音で(聴きたい声が聞こえなくなってしまう)、黒色の粒が飛び交うテレビの砂嵐みたいなもので(探していたものを見失う)、圧倒的な質感と質量でもって私の前に立ちはだかって押さえつけてくる。そんな化け物なのだ。

化け物は、私の頭ごと大きな手でつかみ、地面に押さえつけたり、酷い時では後先考えず、勢いよく叩きつけたりする。
そうしたら私は地に這わざるを得ないし、立ち上がるには、その孤独がひとしきり暴れ、私の前を完全に立ち去るまで耐え忍ぶしかない。
すんでのところ潰れなかった頭を自分で撫でながら、「自分じゃない誰かに撫でられたかったなあ」と落涙。寂しさというのは、穏やかでも密やかでも何でもない。そんなとるにたらない、ごく淡いただの感情とは一線を画す。怒りには似ているかもしれない。さみしさとは、疑いようもなく、暴力のことであり、私自身の存在の危機だった。

寂しさは突然おとずれる。朝食まえ、温かいジャスミンティを淹れているところに。食券と財布をお盆にのせて並んでいるところに。乗客の減りつつある中央線に。独り寝の床のなかに。突然現れた彼は、私の頭を割らんとして、大きな手を振り回して遊ぶのだ。

当然、私は逃げる。つとめて落ち着かせた息を繰り返しながら。まあ、何回も出会っていれば、化け物の腕の振るいかたなんて、覚えてしまうのだ。パターン化されている。無秩序に振るわれるようでいて、そこには必ずルールがある。だから、孤独との戦いとはじっさい、体力・持久力勝負だ。孤独を倒すことなんて、できないししない。化け物がここを去るまで、私はまっすぐ立てていればそれでいい。それは、先の化け物との押し問答で傷を負ったとしても、変わらない。立てていれば、勝ちである。

しかしながら、私のさみしさを倒す方法は、明白にひとつ存在している。のろまなあいつを殺すには、挟み討ちがいちばんいい。だから私は片割れを半身を映し身をもとめる。私の指令通りうごく片割れを。こんなだから、自分の無茶な指令で、片割れを潰してしまうのだ。

片割れをずっと、探している。

僕らはみんな日々の奴隷

『日常』の力はあまりに強い。仕事にも慣れ、職場の人達にも慣れ、私はこの仕事を、とても魅力的に感じている。

妊娠の騒動から4ヶ月、私と彼は壊れそうになりながらそばにいた。あんなことがあったから、お互い離れるということがすっぽり頭から抜け落ちてしまっていたらしいのだ。


現実に打ちのめされ、現実に迎合してゆくうち、私は日に日にやつれていった。
多忙だから、お金を払うのは彼だから、私は彼に最大限譲歩した。美味しいご飯も、素敵な音楽も、面白い本もそこにはあったからだ。でも、何かが満たされなかった。ぽっかりと心に穴が空いて、彼が朝方眠っているところから起き出して、緑色のソファに丸まった。彼の着せてくれた可愛いTシャツ、彼の汲んできてくれたお水、朝になれば全てが温まって、陽に照らされて陳腐な感じがした。

この日々は、夢みたいだと思った。どこに行っても感じるのは、「ここは私の日常ではない、私の居場所じゃない」って、そんなことばかり。
こんなの、ずっとは続かない。私の現実に、彼はどうしてもマッチしなかった。
そんな夢なら、覚めないといけない気がした。真っ白な部屋で、笑えるくらいの感傷に浸り、私は泣いた。

そういう朝が、何回もあった。

しかし泣けど叫べど、彼の部屋にいるときの私は、外にいる私よりずっと可愛かった。彼のいだく夢にならった、「可愛い彼女」であるのが仕事だったからだろうか。

また彼の部屋において、私はまちがいなくペットだった。不安定にゆらゆらゆれる私を見て、彼は何を言うでもなく、ねこちゃんを飼おう、なんて言っていた。

私が人間の悩みをもって、人間として生活しているということについては、見ないふり、聞かないふりをしていた。こんな日々、ほんとうに続くというの?そんな不安な心の叫びを押しとどめて、私は彼氏の選んだ可愛い服を着ていた。
彼はこんなに悲しい私の髪を梳いて、幸せそうにテレビを眺めていた。



あの日、彼は「もう背負いきれない」と言った。
あの日、私は「背負えなんて言ってない」と言った。


心底、彼のことを馬鹿みたいだと思った。
私は数十万で売られる証明書付きの猫ではい。彼が熱を向けてやまない、フワフワとして形のない、未完成で可愛いアイドルでもない。
職を持ち、家に住む、22歳の人間の女。質量を持った実像だ。
そんなものを背負うなんて、まちがいなく馬鹿だと思った。隣を歩くというのが、パートナーシップだと思っているのに。

同時に、気づいてしまった。彼は私のこと、人間としては好きじゃない。彼は私のこと、どこにでも連れて歩いてくれたけれど、ペットやアイドルやアクセサリーとして、大好きだったというだけなのだ。だから私の人間性やそれに伴う脆弱性、独立性みたいなものを、認められなかったんだと思う。

人間として女を愛して、その女に捨てられた哀れな男に、私は何を期待していたのだろう。私を人間としては見てくれなかった男。束縛の指輪も、例のごとく目黒川に投げ捨てればいい。



ああ、これは、来たるべき終わりだ、と感じた。
2年前の別れなんかよりも、余程すとんと胸の底に落ちた。きっと私が聞きたかったのは、彼のいう嘘みたいな「結婚したいくらい好き」じゃなく、「結婚の好きとは違うけど好き」という本音だったんだと思う。


夢のことは、覚めれば忘れる。まだ2週間、1ヶ月だって経っていないのに、私はもう彼がどんな声だったか忘れてしまった。

彼が作ったものも未だに好きだが、あの日の出来事たちが、かつて聞いたお話たちが、童話のように遠くきこえる。欠けて抜け落ちたように実感を失って行く。彼の顔も、いつか忘れる。


今度はうつつにて愛をはぐくみたい。

卵 (なんども死につづける)

遭難

遭難

ほんの一瞬ではあるが、排卵期の性行為で、避妊具をつけなかった。

一度目、彼はちゃんとゴム袋のなかに吐精した。ラバーだかシリコンだか、ラテックスだかなんだか、私はしらないが、彼の分身にぴたり寄り添うその皮が、どうも好きになれないでいた。
てかてかと光る見た目とは裏腹に、潤いをことごとく吸い取るのだ。痛い。私は、痛くて泣いて喘いでいる。
でもそれが"なんだかたまらない"から、私は種明かしをしない。無理矢理受け入れてやること…を愛だとまだ勘違いしているのか、体はそれで問題なく反応する。痛みに比例して、頭の中で白いものがぱちぱちと弾ける。

でもひとたび終われば、痛みだけを思い出す。光源を限界まで絞った部屋に、まちなかの街灯の白光が忍び込む。ほのかな・わずかなはずのその光を、鋭く反射する、私は、心持ちもの憂げにそれらを眺めているのだ。

「ほんとうに大好きだから、ゴムをつけるよ」

そう言って彼は、いつものように私に口づけをした。なんか前も聞いたなあそれ。私は彼のことがとても好きだし、多分彼のほうこそ私のことが大好きだけれど、その言葉には違和感を感じる。まるで言い聞かせてるみたい、と深読みをする。

いや、それはまあ、どうだっていい。
どちらかというと、「きみが大好きだから、きみに種をわけあたえたい」っていう結論にならない、そんな現代人といういう生き物が悲しい。だって女の私は好きな人のものがほしい。人としての私はそうもいかない。きっと彼だっておなじ、人としての優しさを理由に抑制している。
そんな理不尽な想いは柔らかに、私のなだらかな胸郭のなか絡まっていく。


もとより、その夜はおかしかった。

今日は泊まらないと言ったが、彼と私はじつに積極的に唇を求めあった。泊まらなくともやれることはできる。しかしながら私たちは普段、「泊まれない」と言ったら「致さない」ことになっているのだ。良識ある大人としての彼と、良家の娘としての私が、それ以上の行いには蓋をしていた。

キスをする、好きと言い合う、夕食の皿を片付ける。まったくもって、効率的でないやりかたで。
右手にスポンジ、左手に洗い終えた皿、腰には彼の腕が回されている。飽きた私は左手をジーンズのポケットに突っ込み、携帯を取り出す。この土日、家に両親はいない。残っている祖母と弟がすこし心配だった。

「今日は帰る?」

ぼーっと遠くに目をやって、言葉もあまり話さなくなった私に、彼は優しく声をかけた。
訥々と事情を話す。そんなことで引き留めたり不機嫌になったりするような人ではない。じゃあ今日はかえりなさい、と頭を撫でてもらってから、キスしてもらうのを待った。
でも1秒だって待てなくなって、当然のように腕を伸ばし、彼に絡まるようにしてキスをした。彼の手が私の髪を撫でた。
「じゃあ、今日はいつもよりやらしいことしようよ」と、彼は言った。

それからはもう、ご想像の通り。終電までのタイムリミットは残り2時間、全行程を良いペースで消化しながら、彼は絶頂を迎えた。満足感もありつつ、ダラダラと服を着てテレビを見る時間も持てる、優等生のセックスを楽しんだ。

でもなぜか、「それだけでは終われなかった」。その日は2人しておかしかった。
私は1度すれば満足するし、実際その日は、ほんとうに泊まりたくなかった。会社に入って初の土日に、彼氏とはいえ他人のうちのベッドで浅い眠りをいただくなんて御免だ。
彼だって淡白ではないが、年かさなのもあってか無茶なことはしない。射精のタイミングだってある程度コントロールして行為をする。

欲望に基づく行為でありながら、どこか理性的で清潔感のある、すこし格好のついた、そんな雰囲気を気に入っていた。みどり色の、かわいいソファで、読みさしの雑誌をきれいに避けながら。あるいは、床に落ちた天窓をしめるリモコンを、テーブルにそっと乗せながら。

やらしいってどういうの。
なんだかんだと底意地の悪いことをいいながら、勝手知ったる男の腹に手をそわす。人よりすこし長い舌を、今だけは便利だと思う。咀嚼にも発話にもやや邪魔なそれで、彼の心ごと搦めとれるのではないか?

いつもどおり、きもちよかったね。

耳ごとしゃぶるように甘い皮肉を言った。だから、あり得ない二度目が起きてしまった。
ロフトから持ってきたのはひとつだけ。ていうか、なんでロフトにだけゴムを置くの。ソファですることが多いんだし、ソファの下にでも一箱、置いておいてよ。もう今更、中断なんかできないでしょ。今度買っておいてあげるね。

ああもしかしたら、ねえ、がまんしてるの。


彼は、だめだって、と一瞬だけ笑って、避妊具をつけないまま私の中に押し入った。目の裏があつく、赤い。だめなくせにはげしい。あはは、へんね、おかしいわ。
(思ったより長い。)

もうやめてよ、とまともな人間としての私が目を潤ませた。なのに女としての私が舌を硬ばらせる。きっと変な顔だったろう。すこしだけ泣きながら、すこしだけ笑っていたんだと思う。

私の妙な顔を見咎めてか、ごめんね、と言って彼は一度自身を抜いて避妊具をぱちんとつけた。あとはもういつもどおり。私は電車に乗って、家に帰った。


おかしな話だが、翌日からはいつもどおりというわけにはいかなかった。
会社の近くの産婦人科を調べた。過敏かもしれない。
そこには迷いながらやっと辿り着いた。その日は雨が降っていた。会社の人から借りたビニール傘を丁寧に畳んで、ドアを開けるとたくさん女の人がいた。女の人しかいない、とうぜん。

「可能性は低いと思うが、ゼロじゃない。議論したって仕方がないですよ。その可能性がある行為をしてるんだから、ピルを飲もうがなにをしようが……する時はするし逆も言える」

先生はそう言った。議論する時間はくれなかったが、考える時間を彼はくれた。

私は、ノルレボを買わなかった。
かわりと言ってはなんだが、ごくふつうのトリキュラーを買うことにした。

結局は時期時間の問題である、いずれにせよ私は命の可能性を摘み取った。妊娠の可能性がある行為なんだから、現状妊娠したくないならセックスをしなければいいのに。
快楽に最適化された現代人らしい選択と言える。

避妊は男任せにするものじゃない、
男が女に責任を取る目的でゴムをつけるわけではない。
生まれるかもしれない未来の命に、我々ふたりが責任を持てるかどうか、なのだと気づかされる。私はまだ子どもを持つ覚悟も計画もないから、ピルを飲む。

以上が事の顛末だ。

真っ先に私に謝り、私以上に私の体を心配していた彼に、思うことを打ち明けた。
彼はそうだね、と言ったあと、ぽつんと「みーちゃんの子どもは絶対に可愛いよ」と言った。ありがとうね。

私はまだ、子どもは産めない。

ライラック・ブルー

orion

orion

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥250

さいきん、日記をつけている。
2月の末、彼氏と旅行に行った時をのぞいたら概ね好調である。……わたしにしては。だって、辞めていないのだ。何日か空いたとしても、その日の記憶を手繰り寄せてちゃんと後日埋めている。良いじゃないか。わたしにしては良く出来ている。
毎日はつけていない、週一でまとめてつけるのが習慣で、わたしのペースだ。

そんな時、iPhoneのメモ機能が活躍する。
その日したことや気持ちを忘れないよう、ヒントをメモに書き溜めている。
その時、日記用の手帳を家に忘れているからかもしれないからだ。

でもあえて、最後は紙に残す。来年はもう少しかけるスペースの多いノートにしようと思う。今はミドリの文庫本サイズの、薄いほうをつかっているけれど、デイリーで1ページ割り当てられてるやつがいいな。


字を、手でかくのが好きだ。絵をかくのも好きだから、ペンというものが好きなのかもしれない。さりさりとした書き味がいとおしい。
あとは、白い紙。白い紙が好きだ。手帳も、だからミドリのやつにした。
絵が入っていてかわいい手帳というのは、飽きてしまうから嫌いだ。その日のお気に入りを選んでも、3日とたたずお気に入りじゃなくなる。
だから身の回りの文房具は、無装飾のものがおおい。装飾に飽きてしまいやすいんだと思う。iPhoneも、かわいいカバーじゃなくて裸にみえるバンパーをつかっている。ちなみに服も、いわゆるノームコアなものが好きだ。装飾があまり好きではない。

……話がずれた。

そう、手でかくのは本当にいい。頭が整理されていくようだ。ボールペンや万年筆でかいているから、アウトプットの前に一瞬、間がある。その一瞬のおかげで、私の頭は冷やされるのだ。

それにくらべて、スマートフォンのメモというのは、思考が高速に拡散されていく感覚がある。かきたい放題かいても、あとで直せてしまうと思うからか、文がどうしたって直接的だ。


そのためかこのブログは、紙の日記にくらべて、悲愴感というか、熱量がふくまれやすい。過熱して複雑化する私の脳みそが、そのまま克明に現れている感じだ。
情熱を表現するには、デジタルで文字を打つこちらのほうがよさそうだ。

流れがちな私の字体もあいまって、紙の日記はどこかひんやりとしていて、さわやかだ。たとえその日悲しくて泣いていても、遠い記憶として処理される。どんなに泣けど騒げど喜べど、文庫本のなかで私はおだやかに凪いでいる。

私の精神を鎮静化するために、紙の日記はとても役立っている。字にすると、自分がうけている愛の形を指でなぞれる気がする。
あとは、抑肝散も役に立つ。ほんのり甘いお茶のような漢方薬。漢方は西洋医学のお薬と違って、薬効はおだやかだから、頓服してもあれなのかもしれないけれど。
薬包を開いて顆粒をお湯に溶いて飲むと、本当に心が落ち着く。

落ち着きたい。騒ぐことなく凪がせておきたい。いとしい人にひたりとよりそう、なにかでありたい。

The♡World's♡End

The♡World's♡End

 

 BGMです、どうぞ。


思えば全て、「許してしまう君の代わりに私が裁いてあげると決めた」だけの話だったように思う。一言でまとめれば、私のこの6年間とかってそんなものだし、むしろそれ以外のやりかた・それ以上の進めかたなんて皆目見当がつかない。
だってずっと、わかった試しがない。そういう意味では全く成長していないし、だからきっと私は、1人の時孤独で頭を潰される感覚がするのだ。
そういうありかたって、1人じゃ成立し得ない。思考をアウトソーシングしているから。頭なんてないのと一緒で、私は私が気持ち悪い。虫以下だと思う。虫だって自分の本能でシンプルに生きられるぶんマシか。普通に生きているだけで、余計な考えが、雪崩れるように流れ込んでくる。
私は優しい人が好きだった。優しくされるのはあたたかくて気持ち良い。
その体温を何が何でも失いたくないだけなんだと思う。だって優しい親に、優しく愛されてきたから。全ての根源にそれがある。
しかし、いつだって愛は半分こだった。小さい時は双子の片割れが疎ましくて、よく出し抜いたものだった。仲はわりかし良かったはずだったが、繰り返される『比較』に気を病んでしまったのだと思う。先にお菓子をもらうのは私だし、先に頭を撫でてもらうのだって私が良かった。
いつか、先におやすみのキスをされた弟が死ぬほど妬ましくて、1人で布団をかぶって朝を待った。
双子ちゃん可愛いねともてはやされるが、私は私が可愛いと言われたかった。
もう片方ではなくて、私だけが特別に褒められる・愛される理由が、ずっと欲しかった。
だから相手に承認されるために、何かしないと気が気じゃない。
異性の双子でもこうなのだから、同性の双子に生まれていたら、本当に私は妹を殺していたと思う。
 
あたたかくて優しい君の為なら、悪鬼になっても構わない。むしろ悪鬼になりたいだけだったのかもしれない。人の意思を借りれば、私はなんだって出来る。ああ気持ち良い。人の為を思い人の為に何かを・誰かをを潰すのには、何物にも変えがたい快感がある。だってこんなに悪いこと、他のやつにはできるはずがない。私にしか出来ないはずだ。
罪悪感を超える喜び、その先に優しい笑顔があるんだと信じられる気がしてしまう。君を汚す罪・悪意・仇敵すべて、君が知らないうちに全て雪いでしまいたい。君が正しく笑えるのなら、私は正しくなくたっていい。君のせいで悪くなる、それで構わなかった。だって最高に酔える、酒なしでも昼間からでも泣けてくるほど酔えてしまう。君の周りの人間は勿論、君本人すら出来ないことを私はしてあげられる。

誰か1人のために何かを捨てる。切り落とす。擂り潰す。
着々と進むその行為が、意味を持つのはいつなのだろう。
 
でも、必ずいつか、その優しい君の顔すら、ただの茫とした阿呆面に見えてしまう時がくる。頼まれていないことをしていただけ、謝意なんて必要なかったはずだ。でも私の苦悩を知らないその優しい顔が、とんでもなく憎く思えてくる。
 
私がこんなに辛いのは、他でもないこの人間のせい?
どうして私の努力を認めてくれない?
 
そればかり繰り返していた。
いつか終わる。それだけが日の習いで、私はいつも思い知る。この苦悩だって借り物だし、私は本当に誰の意思で、誰の望みでこんなことをしているのだろうか。
甘い君に甘やかされ続けるために、君が辛くも赦してしまったみなみなさまに火を放つ。優しさ、その快楽を知るのは私だけでいい。それだけ。
……ああやっぱり、私は私の意思でこんなことを繰り返していたみたいだ。救えない。本当にみんな、死んでしまえばいい……そこまでいって、思考停止してしまう。溺れるものは藁をつかみがちだから、私が今必死につかんでいるのが、藁でない確証なんてどこにもない。安心したくて手にしたものが、余計に不安を煽る。

新年のご挨拶⛩

あけましておめでとうございます🌅

筆が乗るので、今週はもうすこしだけ日記を書きます。

インターネットの片隅にあるブログで、新年のごあいさつ。どれだけの方がこれを読んでいるのでしょう。ごく少ないことには違いないのですが、あなたとわたし2人だけだったらいいですよね。


この前、腐女子の友人と興味深い話をしました。
"わたしたち2人だけだったらいいね"
って私は恋人には心からそう思うことが多かったのですが(オタク界隈でいうとメリバ厨寄りなんですかね)、友人はそうではないと。
「社会復帰できるCPが好きなんだよね」

私は社会から逃避できるCPが好きです。
ちなみに彼女とは、「腐女子の恋愛傾向は推しCPと相関がある」という意見で一致しています。


私の恋における悩みって、社会的・外的要因が占める割合が多かったのです。結局社会と恋愛を対立するものとしか捉えられなかったんだと思います。


具体的な話で言うと、前の彼氏は見た目が気にいりませんでした。
さらには親をとんでもない理由で喪ってましたし、周りからは「もっといい人いるじゃん?」「ひずみサンならもうちょい上目指せよ笑」「絶対ヤバイから逃げたほうがいい」とまで時折言われてました。

人の恋人をみて上とか下とか序列をつけるのは人として問題外ですし、それを聞いた時には憤慨しましたが、わたしはそれを無視できませんでした。

見栄っ張りなんです。誰がきいても羨ましがる恋愛がしたかった。
本当にわたし、虚栄心だけが肥大していて、自信がないのです。


そういう、身近な他人の心ない言葉、反対に親しいひとの心配、外の雑音。
社会的常識にもとづく助言に心傷つけられることが多かったから、彼とは、2人だけの時間で癒されるしかなかった。2人だけになりたかった。
でも、社会↔︎恋愛とか、そういう対立が生じてしまうと、もう恋って長くないですよね。


段々、付き合いが長くなって彼の存在が希薄になると、社会の声が大きく聞こえるようになってきて、無視なんて出来なくなってきた。常識人って、とっても親切なんですから。
本当にびっくりするほど親身に説得してくれます。

親が自殺してるような男と理解しあえるはずがないよ。
ひずみさんって恵まれてる家庭の子だし。結局そういうところ、相手の生まれとか育ちとかって諦めるしかないから。

心から「わたしの」幸せを願って、そう言ってくれるのです。「わたしと彼の」幸せなんて、興味ないんでしょうね。当然。


内側の彼よりも外側の社会の方に天秤が傾いた。そんな話なのかもしれません。まあ、よくある話。
だからやっぱり、私は人に胸を張れる人と恋愛しないと、「この人がいいんです」って言えない。私は、彼氏が人に胸を張れる素晴らしい彼女でありたいと思っているから。
それに、まだ出会いの絶対数が少なくて、自分の審美眼や価値観に自信がないから、主体的に恋愛をすることができない。早く成長しなければ。

しかしながら、この人無理だな〜って感情が湧くことも当然あるので、自分の中にも譲れない条件があるのだと思います。

今回も複数の人と並行して進めつつ、喜ばしいことに、いちばんいいと思った方とお付き合いできることになって。そういう優先順位のつけかたってあるじゃないですか。時とタイミングによるものも大きいですが。

前途ある恋愛のために、そろそろ自分の価値観を成文化するべきなのかもしれません。



今度の彼氏は、愛された家庭の子だけあって、家族で行った海外旅行のお話をしてくれます。お母様がいかに強い方なのか、面白おかしくお話してくれます。
私より年嵩なのもあってか、私を外に連れ出してくれます。ひそひそ話にむいたうす暗いお店に、静かなカフェに、緑豊かな庭に。

真っ暗な西麻布をあるいて、「私たちもタクシーでここまで来たけれど、タクシーばっかり止まってるのね」「じゃあ僕たちはここから六本木までお散歩しよう」って言って。手を繋いでくれるのです。


ああ、失敗から学ぶ人間でありたいと思うあまり、前の恋愛を相対的に悪いものとしてしまいます。

ごめんなさいね××くん。無欲で優柔不断なあなたのことだから、結局リクルーターの振りまく情に引っ張られて、あの会社に行ったんでしょう。
40代にならないと1000万貰えないんだっけ。最後の別れの時、そうやって質問しました。それを聞いて悲しそうな顔をしたあなたを、今でも可哀想とは思えないのです。

だってあなたはその道を選んだんだから、私の事実確認に傷つく必要も、権利もないのです。
そんなことで揺さぶられる男なんて、私の途には要りません。私は子どものために、良い家庭を築きあげるという野望があります。
その理想を想定した時に、配偶者になるやもしれぬ異性の年収は、重要なファクターになります。

「お金目当てだったの?」その質問に幻滅しました。半分、傷つけるつもりで言ったのは否めませんでしたが。
お金目当てだったら大学生のお前となんか付き合うわけがないだろう。

そういう、今きいた言葉にばかりとらわれて、将来を想定できない様子に苛立ちました。
そういう、私の意見に大仰に傷つき、不安がる、悲しがりなところが大嫌いでした。あまりに相手に鈍感で、私のことを、冷たい人間だと思い込んでいるところが、大嫌い。

そう、私はいつしか、幸せな出来事を彼に報告することすらできなくなっていました。

だってそれは彼の手にはないものだから。幸福に飢え、幸福を羨ましがり、彼自身の手にある不幸に傷つくに決まっている人間と、わたしの手にある幸せを分かち合うことなんて無理なのです。見せびらかしているのだと思われて、傷つけてしまうのだから。


傷つけあうしかないお前と付き合うことより、幸せな家庭を持つことの方が私にとっては重要なの。
私の幸福への道すじに、彼の幸福は重なりませんでした。
優しいが了見の狭い、弱い男。あなたみたいな男は、小花柄を好んで着るような、弱っちい田舎女とせいぜい小さく幸せになればいいのです。
彼がいないと生きていけないような、無力な女と。なま優しくてダサい男にはなま優しくてダサい女がお似合いです。

だからきっと彼は言ったのです。「もっとすごい人に幸せにしてもらってください」と。

私は誰かに幸せにしてもらうつもりはありません。自分たちの手で、自分たちを幸せにするのです。そういう人と幸せになりたいのです。そういう蒙昧な感性も憎々しくて、「少なくともあなたはもう要らない」と言って手を払いました。


ほんとうにわたしは、見栄っ張りなんです、やっぱり。昔より今いる人が、いちばん素敵なんだって思いたいし思われたいのです。そんなの、ボジョレーヌーボーみたいだとは思うけど。
ボジョレーヌーボーなんてくだらないと忌避する男より、ボジョレーヌーボーを飲んで去年と何が違うのかね?他のワインも飲んでみよう、って言いながら笑える人が良いのです。ある程度見栄を理解できる人と付き合わないと、ダメなのです。

それが真の贅沢です。少しの回り道や余分すら楽しめない人間が、私の思い描く幸福を理解できるはずがないのです。


今のところ、私は今の恋人との関係を社会的文脈に置くことができています。
なぜなら私よりも社交的な彼は、私以上に外を知っていますし、私の見た目をいたく気に入っている彼は、私と外を出歩くことを楽しんでいます。
趣味(hobbyというよりtasteやpreferenceの意味ですが)も私の知る限りほぼ被っているので、私はとても楽しむことができています。地雷をなんとなくわかっていると言うのは良いことです。ほんとうに、彼もそうだったらいいのですが。

極端な話、前の彼氏とは外に出るだけで恥ずかしいと思うことがありました。
公的なところならまだしも、私設の美術館でクラシカルな絵を見るのに、(貧乏なのを差し引いても)よれよれのTシャツに半分壊れたサンダルを履いてくる、その感覚が理解できなかったのです。
彼は壊れていない靴だってちゃんと持っていました(全て壊れていたならこんなこと言いません)。そんなコンビニに来るような格好で、初めて行く場所にいくなんて。
「デートするときのお洒落」という発想も、もしかして贅沢品だったのかしら、と私は初めて学びました。そういう贅沢を知っている人としか、同じ方向は向けないんだなあと。

贅沢を知れば、恥も知ることができます。彼からすれば、私が何を恥ずかしがり惨めに感じているかすらもわからなかったのかもしれません。仕方のない話です。誰も教えてくれなかったのだから。ただ、わたしが教えることでもないから、別れただけの話なのです。


彼にテーブルマナーを教えたのも私でした。
学生ながら、教える仕事でわずかながらお金をいただいている私ですが、彼氏にものを教えるというのは中々気が進みませんでした。
彼は「私の生徒」ではないからです。
賢い彼にも賢い彼なりの高いプライドがあるのを、私は理解していました。

それでも、ぎこちない手つきで、フォークとナイフをかちゃかちゃとやる、困った姿を見かねて、教えたのです。
その時、明るく「ほうほう」と話を聞いてくれたら良かったのです、あるいはわからないなりに、マナーなんて話半分に、自信満々に食べ進めてくれれば良かったのです。自分のやり方で。

それで良かったのに、正しいやり方を知った後で、悲しい顔をするのです。さらには謝って来るのです。何に対する謝罪なのでしょう。気分を害したとでも言うのかしら。なら教えなければ良かったのかしら。
好きなお肉が、途端に不味く感じられました。


一つ前の恋は、モラルハラスメントじみた側面のある恋愛だったと自認しています。

前の彼は学歴こそこの上なく良かったのですが、社会的常識、それこそモラルの面において私が優位に立ちすぎていていました。
おかしな話、彼とはまともに喧嘩したこともありません。彼はなんでも私の言うことを聞いたからです。今ごろ彼には、モラルを盾にして自分を責め立てた酷い女として語られているのでしょうか。
彼はいつだって泣きながら謝って、ひずみが正しいと言いました。
それをなぜ不満に思うのだと思う人もいるかもしれませんが、私は元々彼を下に置いてねじ伏せたかったわけではありません。結果的にそういうパワーバランスに疲弊したのです。人として人と睦み合いたかっただけなのに、私は何が悲しくて召使いに命令や指導を繰り返しているのかと問いたかった。
虚しいだけでした。犬を飼いたかったわけではないのです。


今が幸せだと、どうも昔を思い出します。そうやっていると、今の人を抱きしめたくなるのです。感謝を忘れないために、こう言う手立てをとるわたしは、人として正しいのでしょうか。そうでなくともずっと感謝を忘れない人でありたいものです。

彼とはドトールにいかない

付き合うまえ、煙草を1年前と少し前にやめたのだ、と彼は電話口で云った。

「へー、そうなんですか。〇〇さんグルメですけど、ご飯美味しくなりましたか?」

私はせめて可愛いものをと考えて選んだ、フルーツの香りの細い煙草を、屋上の柵に押し付けて消した。

——うん、もう僕、すわないと思うよ。

ああ、吸殻は家に入れちゃダメだ、そう思って、ビニールに密閉した吸殻を、隣の家のゴミに紛れ込ませた。箱に残った数本も、まとめてゴミ袋に入れた。

なんだかその時、はじめて煙草がいい香りだって気がしていたから、棄てないといけないんだ、と直感したのだ。

もう吸いたいとも思わない、もとより食事が好きだから、口はそれで喜ばせればいい、らしい。たしかに、彼は無限にお店を知っている。

1年と少し前にやめて、あっというまに嫌煙家。

それは彼が彼女と別れた頃とほぼ同時期であり、裏を返せば、彼が彼女と結婚を決めた日なのかもしれなかった。

すてきね。家庭の・子どものためならすっぱり辞められるなんて。

彼は、そんな彼女に一方的に裏切られて、すたこらさっさと逃げられたのだけれど。お腹の子どもが実は違う男の種で出来てるなんて。畜生のすることね。

この世に存在できなかった彼の子どもの死体は、目黒川の底にねむる。水底できっと白金はきらきら。

わたし、そんなこと知らないから、この春、リクルートスーツで目黒川の桜を見にいった。その日五反田で受けた面接は、無事お祈りされた。

そりゃあ当たり前といえば当たり前かもしれない、半年後付き合う人の絶望が埋まった川で、お花見なんてしたんだから。おもしろいくらい、それは呪いだ。

でも私は嫌な女だから、そんな呪いのような奇跡すら尊べるのだ。

ありがとう、彼女がわたしなんかよりもぜーんぜん救いようのない女で本当に良かった。ありがとう、彼に正直に罪を告白してくれて。貴女のおかげで、いま私は倖せ。

あの会社の人事もありがとう、冴えないオフィスだと思っていたのが伝わったみたいだけれど、貴方の勧めで目黒川の桜を見て本当に良かった。あの川底に、捨て置かれた愛の脱け殻が落ちてるんだと思うと、もう最高に最低で、もう最高。

彼氏は今でも目黒を避けたがるし、しばらくは行けそうにない。だから、あの時桜を見られて良かった。ほんとうに。

きっといま一番遠い東京が、目黒なのかもしれない。

それはさておき、(目黒川に指輪を捨てるついでに越してきたという)今の彼の家は、本当に「彼の城」である感じがする。

なんというか、彼の好きなものがこれでもかというほどに詰め置かれていて、ひみつきちのような趣きだ。

それは私にとっても好ましい品々であるから、本当に、びっくりするほど居心地が好い。

ソファ(彼が寝転がって足が寸足らずになる長さ)に丸まって、彼の膝のうえに顎をのせる。今は私が主なのだと言わんばかりに。

彼が夏、1週間で棄てた女の臭いなど、わずかたりともない。彼の家は本当にびっくりするくらい、彼の匂い、もしくは彼の好きなものの香りしかしない。

それに彼は、わたしのためにニベアやミルク石鹸を買い置いてくれる。

2人でショッピングに行った時に買ったお鍋で、ご飯をつくる。私はクリスマスプレゼントに食器をあげた。その皿でご飯をたべる。歯を磨いて、お風呂に入る。フルーツの匂いのするシャンプーを、2人で使っている。

もっとはやくみーちゃんに出会いたかったよ、とか言う彼氏に、生乾きのままあたまを寄せる。

指輪をテーブルにそっと置くと、失くしちゃうからこっちにおくね、とか言ってデスクの方に移動される。

これは、あの夏だけいたあの女は、買ってもらえなかったもの。

これは、一年前の天災のような女がその途に捨てたもの。

彼が3ヶ月の分割払いで買ってくれたもの。あの日から3ヶ月は一緒にいられるという確約。ペイできるまで私は絶対に恋人で、あなたに愛される。それに2月にハワイの予約をしたのだから、それまでは絶対に私は愛されてるはず。

彼の匂いにわたしが混ざる。

ああ本当に、人から愛されるのって幸せで幸せで不安だ。失くしたくなくて涙が出る。愛を感じたいだけなんだけれど。較べて安心したくなるのだ。今までのどんな女よりも、私は幸せなんだと、そうはっきりと分かる証が欲しい。

彼の生活に、わたしが少しずつ食い込んでいく。

彼に爪痕を遺した彼女を、塗り潰すまであとどれくらいだろう?

「男の人から指輪をもらったのなんてわたし初めてだから、すごくうれしい」

ほんとう?とか言って彼も嬉しそうに笑って、抱きしめてくれた。

若くて了見の狭い私たちにとっちゃ、いつだって過去別れた恋人は悪人だ。今げんざい隣にいる人が一番素敵って思える毎日が、一番いい過ごし方なのだ。悪者のことなんて、綺麗さっぱり忘れて、わたしと・ぼくと幸せになってほしい。

普段から明るくて優しい彼は、私の前の恋人をすこし、ほんの少しだけ悪く言う。それが堪らなく気持ち良い。余裕を保ちつつ、男として上だと示すその様が愛おしい。

消してぬり潰して、陣取りゲームみたいなもの。連綿とつづく独占欲じみた祈り。

他でもない自分と、幸せになるべきなんだという思い上がり。

「うん、副流煙の臭いを嗅ぐとさ、首の横がギュってなるよ。わたしも別のとこで時間つぶしたいなぁ」

こんな回りくどい言い方をするのは、男だ色恋だやけっぱちで喫煙してさっさと辞めた自分が恥ずかしいからだ。本当にわたしは、しんからハタチそこそこの、乳臭い娘なんだと思い知る。

「昨日も行ったけどクリスピークリームがいい。昨日けいちゃんがドーナツ買うのみて、わたしも食べたくなってきたの」

それに、彼のために意を決して辞めたんだ、と思われるのが死ぬほどいやだからでもある。

あなたといると楽しくて寂しくなくて、自然に煙草とか辞めちゃったんだよね〜なんかそんないいもんでもないしさ、って、言外につたえたいからだ。

でもそれはあくまで、悟ってもらうのがいちばんだ。楽しさ、というのは、口にすればひどくチープで壊れやすい。

語るに能わない、愛よ。

「ドーナツおいしいよ。ひとくちたべる?」

私たちが口にするのは、煙でもなく、言葉でもなく、こういうもの、がいいのだと思う。