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Undine

憎んだり愛したり忙しい

天窓付きの家の屋根裏

生理は来た。子供は来なかった。
私はきのう、初めてトリキュラーを服んだ。





憧れて入った職場、初めて触れる「仕事」というもの、もう学生ではなくなってしまったという自覚。
それらが、正常なサイクルを乱していた。よくある話だが。

体温計と同じくらいのサイズのピンクの棒。そこに開いた、小さな小さな四角い窓。窓の中にはなにも映っていなかった。私の中には、私以外なにもいない。



私はこのところずっと憂鬱で、取り乱していた。彼はそんな私を絶えず抱きしめてくれたし、子どもできてなかったらいいね、とか、たぶん大丈夫大丈夫しんじてる、だなんて無責任なことは一言も言わなかった。

「きちんとした流れを踏みたかったけれど、大好きなみーちゃんと子どもが出来たなら、それはとても嬉しいことだと思うよ」
「ただ、不安にさせるような行為をしてしまったのはごめんね。本当に最低なことをしたと思ってる」
「妊娠してるとわかったら、すぐに挨拶の日程を設定させてください」
「みーちゃんの子どもだなんて、絶対にかわいいと思うよ」

追い詰められた私が、彼を追い詰める。彼はそんな時でも真摯な言葉を忘れなかった。

どうして私に、こんなに優しくしてくれるのだろう。初めて受けるこんなあつかいにいつもとまどってしまう。上手なことなんて何ひとつ言えず、私は感極まって泣いたり、笑ったり、すきだよと言ってみたり、抱きしめることでしか伝えることができない。


妊娠の可能性がある行為をしてからも、私たちは身体を重ねた。懲りていないわけではない。多分もう、そうなった時の流れなんて、いつにせよ慌てるしどうであれ傷つけあう。一種の諦観のようなもの、なのかもしれない。恋人である以上、切り離せないのだ、こういう行為は。
恋人である私たちは、傷つけあった時は言葉を交わし、身体を重ねて修復をする。もうそう解ったのだから、そうするほかない。


「ずっとこうしていたい」、彼との時間はその位心地が良い。優しさと肯定と思いやりに満ちている。

しかし口にしてみればその言葉は空恐ろしく、汗ばんだ背筋のうらでぞっとするような、そんな感触がする。
だって、言葉にしてしまえば、はっきりとわかってしまうのだ。私たちは行為中、理性で愛し合うことができていない。夜の後始末は…日常の生活は、理性が請け負うことになるのに、だ。

いっときの感情に、押し流されることが怖い。心から愛し合うことなんて、もっと怖い。ベッドの上で、昼間の私が、跡形も無くなってしまうことが怖い。人間じゃなくなってしまう。私は、怪物やら化物になってしまうのか。

その日もいつも通り、気持ちが良かった。



ヘトヘトになった身体を綺麗に整えて、彼と沖縄料理を食べに外に出た。

ゴールデンウィーク中とあり、どこも混んでいた。飲兵衛たちはちょうど二軒目といった頃合で、店は普段以上にがやがやとしていた。

「僕はずっと前から大好きって言ってるよ」
「そっかあ……そっか、」
「…おいしい?」
「すき」

そうめんちゃんぷる、というものを初めて食べた。素朴な見た目なのに、口にすると複雑な旨味が広がった。美味しくてついちゅるちゅると啜っていると、銀座にもおいしい沖縄料理のお店があるから連れて行ってあげる、そういえば沖縄行きたいねー、なんていう話になった。

「……え、じーまみー豆腐もうないんですか。うー、残念だなあ。じゃあちょっと考えます。ありがとうございます」
「ねえねえ、じーまみーってなに?」
「超おいしいんだよ、ナッツの味の豆腐。代わりには……スパムでいいかな。あときゅうり」
なんでも本島に行ったことはなく、仕事で3度石垣島に行ったのみなのだという。でも、沖縄料理、くわしい。


生理が来たら、私はトリキュラーを服む。そうしたら私たちは、望まない妊娠をしないで済む。望む時に子を成せる。今がその時でないのは、お互いにわかっている。

破花

破花

遺された彼のお話

元彼と別れて、もう一年と少し。


別れの間際、どうして、どうしたってあんなに憎くなるのかしら。

元彼に吐き捨てた、呪いの言葉を思い出しました。

「人の気持ちもわからない、出来損ないのあなたが、人並みに幸せになることなんて絶対にない。出来損ないは出来損ないらしくしてなさい」


これは一つの意趣返しでした。

この人と付き合うと決めた日、彼は彼自身の父の自死を振り返り、「人の気持ちがわからない」「普通に幸せになりたい」と言って泣いていました。
その時私は「悲しがれるのだから、人の気持ちを持っているじゃない」「幸せだって夢じゃない」と言って慰めました。寂しそうなその背中を、支えたいと思ってしまったのです。

私は何一つ分かっていなかった。だって、恋したあの日、私は彼の背中しか見ていなかった。憐れっぽく私の気を引いてみせた、彼の貌がどんなに私を憂鬱にさせるか、気づいていなかった。
彼は人の心を持っていますが、人の心を解しません。解ろうともしていなかったのだと思います。

多分、簡単に人は死ぬと学んでしまって以来、自分1人生かすので精一杯だったから。解ったところで、人は死ぬと知っているから。だから、他人への興味がなくなったのだと思います。

そう気づいて以来、彼に向かうのが虚しくなりました。何人たりとも解ろうともしない彼なんだから、私を解ることなんて一生ない。私は、完全に自己完結している彼が、とても人間には見えなくなったのです。

(彼じゃ愛は確かめられない。)

彼はいつだって、「自分を」悲しがるのに夢中でした。その悲しい顔を見て私がどう思うかなんて考えていなかった。
どんな場所にあっても、 —そう、それがたとえ、彼自身の独り住まいの部屋であっても— 申し訳なさそうに、所在無げに佇むその影が、いつか確かに、薄気味悪く感じられたのです。

薄気味悪さは疎ましさに、疎ましさは憎さに姿を変えて、私の腹を支配しました。だってこの人って、幽霊か屍者。半死半生の化生のもの。彼岸の故人に心を囚われたままで、此岸の私・今・未来のほうなんか、本当はずっと見ていなかったのでした。

そんなこと、実はずっと前から気づいていたのです。認めたくなくて躍起になっていた、それだけなのです。

若くて夢みちあふれた甘い若者の私は、化物の彼氏をいつか此岸に連れて来られると信じていた。此岸での楽しい日々を教えてあげれば、なんとか人間になれる。私は人間の恋人と幸せになれる。

でも、そんなの無理でした。
彼は人間になりたくないんだから。

だって人間は、思い半ばにして、死ぬんですから。彼らの言葉に耳を傾け、理解しようと思った矢先に、口を閉じてしまう。続きを聞きたいと望むのは、過ぎた願いと思い知る。

死者は黙して語らず、生者だった頃の言葉を型取り、緩やかに固まります。象られた死者は人の心の中で、実体なき標本になります。
もう思考せぬ亡骸を解ることなんて、もう永劫不可能なのです。

話らおうとする夜も、彼は無口で、口を開いたかと思えば静かに泣くしかしませんでした。言葉を交わし、相手を解ろうとなんて思っていない。言葉が無意味だと、諦めているから。

彼の想いはあまりに微かで、彼の声はあまりに遠い。対岸を眺むかのように、あまりにもおぼろげな像でしか、彼を捉えられない。

 

幾度となく、それなら死んでしまえと思いました。同じくらい、一緒に生きたいと泣きました。でも、どうあっても無理なのです。人に笑顔を手向けようとしない化生に、人生を楽しむ道理などないのです。
苦しく生きるか、楽に死ぬかです。

人間、幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せなのです。笑顔をくれる人がいるから、笑顔を向ける人がいるから、人は幸せなのです。そういうことが、笑わぬ化物には解らないのです、から。

死ね、と、はっきり口に出して言いました。遂に言ってしまったのです。
そんなに悲しそうに生きるなら死ね。生きたくない死にたいと嘆いて泣け。化物のくせに、人の気持ちに不感症のくせに、人でなしのくせに。人の幸福に嫉妬など、身の丈に合わず生意気だ。


私が彼のもとを離れられない理由は、ただひとつ、罪悪感でした。見捨てたら死ぬような気がしたのです。私は彼を殺したくなかった。
しかしいつぞやついに、嫌悪感が罪悪感を上回った。私の手を離れたタイミングで、彼が泣こうが死のうが、気づけばさして問題ではありませんでした。

感情は軒並み全て鈍磨してしまったのに、人の幸せを見透かす目だけは曇らなかったのが、彼の悲しいところでありました。感じる(解る)ことはできないのに、識る(判る)ことができたのが、一番の悲劇です。

だって、恋している時の私には、凪いで透きとおった彼の目しか、見えてなかったのです。2人で見つめ合うしかしていなかったから、その不気味な、うやむやと蠕く口もとに気づくのが遅れた。

彼は、蒙昧な幸せを、愚かで(だからこそ)可愛い女と追い求めれば良いのです。幸せだから笑うのだと信じて疑わぬ、哲学なき女と。

なんて強情で、酷い女なのでしょう、私は。傷つきやすい彼の、傷つく言葉が簡単にわかる。彼を思いやるからわかっていた。わかっていたからこそ、言わずにいたのに。

どうせ2人で幸せになれないなら、散々まで憎んでほしかった。それでも彼はきっと私を憎まず、きっと己を悲しむのです。


ああ、本当に早く、死ねばいいのに。

うそ、ほんとうは、憎くなんてありません。ただただ悲しくて、遣る瀬無くて、そう言うしか見つからないのです。

 

ああうそ、うそ、やっぱりうそ。ほんとうは、幸せになって欲しいのです。

でも、彼の幸せを揺るがずに願えるほど私は強くもないし、考えなしでもないのです。

 

傷つきやすい彼はこれから先、滅茶苦茶に傷つく。

みすぼらしいと言われて。

学歴の割に暗愚だと言われて。

親が自殺しているうちの子と親戚になんかなりたくない、と言われて。

これらはすべて、彼と付き合っているうち、私に差し向けられた言葉たちです。だからもう、私は彼が悲しくて仕方ない。彼が自分を悲しがるように、私も彼を。

絶対に幸せになんてなれなかったのだと、こうして時間差で思い知っていく。

たいばん

もう1週間もすれば答えが出る。今日が生理予定日だった。1日2日のズレが、今回ばかりは恨めしい。

生理は来る、子供は来ない。
大袈裟に騒いでいる。大袈裟に悩んで。

それが大袈裟、で片付けられればどんなにか幸運だろうか。
わたしはまだ授かることを喜べるほど大人ではない。だから、毎晩祈ってから眠る。
まだ幸せにはしてあげられないから、どうかまだここには来ないで。
ああ眠れない。仕事になんて集中できない。ダメな新人。

彼氏のおびえ。
わたしからすればとても大人に見えていた彼がプレッシャーに押しつぶされそう。一年半前の理不尽な婚約解消、それに伴う借金の傷がまだ癒えてないんだって。
ああ借金してたの。かわいそうに。抱きしめてあげないと。あなたがわたしを愛すぶん、わたしもあなたを支えてあげる。


上司のセクハラ。
「結婚しても長く勤めて、ここで力を伸ばしてね」
素敵な激励。わたしには重荷。なんの能力を買われたのかは知らないが、新卒が滅多に来ない、残業上等の部署に配属になった。もうそれだけでも少し苦しい。
優秀な人が来るところなんだよって言われた。別にわたし、優秀ではないし、優秀じゃなくてもかまわない。
私は、働きながら夜ご飯を作ったり、家事をする生活に憧れてたのに。
9割が男、1割はもう子どもが大きいママさんとか、子どもを作るつもりがない奥さんとか、そういう人で構成されてる。

先輩の残業時間を見ることが恐ろしい。
定時で上がっていても私は、力尽きて家で眠り込んでいるのに。

「綺麗な子が来たってみんな喜んだんだよ。ここは野郎ばっかりでさ」
「腹を割って話すっていうのも、楽しいもんだよ。今度また飲もう」
「出会いはここでもたくさんあるから、社内の集まりは大切にしたほうがいいよ」
「美人さんだね、でもぼくは××さんのほうが好きかな」
「ぼくの奥さんはここの人でね」
「俺も」
「はは、〇〇さんだから言うわけではないけど、こういうのも大事だから」
「ほんとうにかわいいね」
「大丈夫みんな味方してくれるよ」

受け手の問題だ。わたしはたぶん繊細すぎる。でも、飲み会の帰りは何かを殴り付けたい気持ちになった。やめてよ、言わないで、助けて、わたしをそういう目でみないで。
けいちゃんが助けてほしいのに、けいちゃんには頼れない。おとうさんおかあさんには頼るわけにはいかないよ、だってもう大人だもの。

子どもは愛せる。理不尽だって愛せる。
でもわたしは、

を愛せない。折り合いがつけることができない。大人になれない。のに、子どもなんて。

4月1日

君と映画

君と映画


こんなこと
http://suicide-motel.hatenablog.com/entry/2016/10/09/152010
いってたのに

なんか思いのほかだい好きになってしまった。
半年経つけど。半年という月日は重いなあ。
彼氏が、就職前の最後の土日に、お祝いをしてくれるらしい。優しい人だし、日々を大切に生きてる人だ。折節を意識して。

思いのほか心を通わせてしまったよ。
いつかくる別れに臆病になっている、それはずっと変わらない。小さい頃は夜起き出して親に、「私が死んだらぬいぐるみと一緒に埋めてくれる?」と泣きながら訴えていた、その頃からずっと変わらない。
すきなものといたい。

別れたくない、なんて言ってはいけない
一緒にいたい、と言うべきなんだ。多分。

ライラック・ブルー

orion

orion

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥250

さいきん、日記をつけている。
2月の末、彼氏と旅行に行った時をのぞいたら概ね好調である。……わたしにしては。だって、辞めていないのだ。何日か空いたとしても、その日の記憶を手繰り寄せてちゃんと後日埋めている。良いじゃないか。わたしにしては良く出来ている。
毎日はつけていない、週一でまとめてつけるのが習慣で、わたしのペースだ。

そんな時、iPhoneのメモ機能が活躍する。
その日したことや気持ちを忘れないよう、ヒントをメモに書き溜めている。
その時、日記用の手帳を家に忘れているからかもしれないからだ。

でもあえて、最後は紙に残す。来年はもう少しかけるスペースの多いノートにしようと思う。今はミドリの文庫本サイズの、薄いほうをつかっているけれど、デイリーで1ページ割り当てられてるやつがいいな。


字を、手でかくのが好きだ。絵をかくのも好きだから、ペンというものが好きなのかもしれない。さりさりとした書き味がいとおしい。
あとは、白い紙。白い紙が好きだ。手帳も、だからミドリのやつにした。
絵が入っていてかわいい手帳というのは、飽きてしまうから嫌いだ。その日のお気に入りを選んでも、3日とたたずお気に入りじゃなくなる。
だから身の回りの文房具は、無装飾のものがおおい。装飾に飽きてしまいやすいんだと思う。iPhoneも、かわいいカバーじゃなくて裸にみえるバンパーをつかっている。ちなみに服も、いわゆるノームコアなものが好きだ。装飾があまり好きではない。

……話がずれた。

そう、手でかくのは本当にいい。頭が整理されていくようだ。ボールペンや万年筆でかいているから、アウトプットの前に一瞬、間がある。その一瞬のおかげで、私の頭は冷やされるのだ。

それにくらべて、スマートフォンのメモというのは、思考が高速に拡散されていく感覚がある。かきたい放題かいても、あとで直せてしまうと思うからか、文がどうしたって直接的だ。


そのためかこのブログは、紙の日記にくらべて、悲愴感というか、熱量がふくまれやすい。過熱して複雑化する私の脳みそが、そのまま克明に現れている感じだ。
情熱を表現するには、デジタルで文字を打つこちらのほうがよさそうだ。

流れがちな私の字体もあいまって、紙の日記はどこかひんやりとしていて、さわやかだ。たとえその日悲しくて泣いていても、遠い記憶として処理される。どんなに泣けど騒げど喜べど、文庫本のなかで私はおだやかに凪いでいる。

私の精神を鎮静化するために、紙の日記はとても役立っている。字にすると、自分がうけている愛の形を指でなぞれる気がする。
あとは、抑肝散も役に立つ。ほんのり甘いお茶のような漢方薬。漢方は西洋医学のお薬と違って、薬効はおだやかだから、頓服してもあれなのかもしれないけれど。
薬包を開いて顆粒をお湯に溶いて飲むと、本当に心が落ち着く。

落ち着きたい。騒ぐことなく凪がせておきたい。いとしい人にひたりとよりそう、なにかでありたい。

The♡World's♡End

The♡World's♡End

 

 BGMです、どうぞ。


思えば全て、「許してしまう君の代わりに私が裁いてあげると決めた」だけの話だったように思う。一言でまとめれば、私のこの6年間とかってそんなものだし、むしろそれ以外のやりかた・それ以上の進めかたなんて皆目見当がつかない。
だってずっと、わかった試しがない。そういう意味では全く成長していないし、だからきっと私は、1人の時孤独で頭を潰される感覚がするのだ。
そういうありかたって、1人じゃ成立し得ない。思考をアウトソーシングしているから。頭なんてないのと一緒で、私は私が気持ち悪い。虫以下だと思う。虫だって自分の本能でシンプルに生きられるぶんマシか。普通に生きているだけで、余計な考えが、雪崩れるように流れ込んでくる。
私は優しい人が好きだった。優しくされるのはあたたかくて気持ち良い。
その体温を何が何でも失いたくないだけなんだと思う。だって優しい親に、優しく愛されてきたから。全ての根源にそれがある。
しかし、いつだって愛は半分こだった。小さい時は双子の片割れが疎ましくて、よく出し抜いたものだった。仲はわりかし良かったはずだったが、繰り返される『比較』に気を病んでしまったのだと思う。先にお菓子をもらうのは私だし、先に頭を撫でてもらうのだって私が良かった。
いつか、先におやすみのキスをされた弟が死ぬほど妬ましくて、1人で布団をかぶって朝を待った。
双子ちゃん可愛いねともてはやされるが、私は私が可愛いと言われたかった。
もう片方ではなくて、私だけが特別に褒められる・愛される理由が、ずっと欲しかった。
だから相手に承認されるために、何かしないと気が気じゃない。
異性の双子でもこうなのだから、同性の双子に生まれていたら、本当に私は妹を殺していたと思う。
 
あたたかくて優しい君の為なら、悪鬼になっても構わない。むしろ悪鬼になりたいだけだったのかもしれない。人の意思を借りれば、私はなんだって出来る。ああ気持ち良い。人の為を思い人の為に何かを・誰かをを潰すのには、何物にも変えがたい快感がある。だってこんなに悪いこと、他のやつにはできるはずがない。私にしか出来ないはずだ。
罪悪感を超える喜び、その先に優しい笑顔があるんだと信じられる気がしてしまう。君を汚す罪・悪意・仇敵すべて、君が知らないうちに全て雪いでしまいたい。君が正しく笑えるのなら、私は正しくなくたっていい。君のせいで悪くなる、それで構わなかった。だって最高に酔える、酒なしでも昼間からでも泣けてくるほど酔えてしまう。君の周りの人間は勿論、君本人すら出来ないことを私はしてあげられる。

誰か1人のために何かを捨てる。切り落とす。擂り潰す。
着々と進むその行為が、意味を持つのはいつなのだろう。
 
でも、必ずいつか、その優しい君の顔すら、ただの茫とした阿呆面に見えてしまう時がくる。頼まれていないことをしていただけ、謝意なんて必要なかったはずだ。でも私の苦悩を知らないその優しい顔が、とんでもなく憎く思えてくる。
 
私がこんなに辛いのは、他でもないこの人間のせい?
どうして私の努力を認めてくれない?
 
そればかり繰り返していた。
いつか終わる。それだけが日の習いで、私はいつも思い知る。この苦悩だって借り物だし、私は本当に誰の意思で、誰の望みでこんなことをしているのだろうか。
甘い君に甘やかされ続けるために、君が辛くも赦してしまったみなみなさまに火を放つ。優しさ、その快楽を知るのは私だけでいい。それだけ。
……ああやっぱり、私は私の意思でこんなことを繰り返していたみたいだ。救えない。本当にみんな、死んでしまえばいい……そこまでいって、思考停止してしまう。溺れるものは藁をつかみがちだから、私が今必死につかんでいるのが、藁でない確証なんてどこにもない。安心したくて手にしたものが、余計に不安を煽る。

川べり、整列、ひよこ色の帽子たち

池尻大橋のインテリアショップで、レンズの意匠がすてきな、北欧製のアクセサリーケースを買った。彼氏へのプレゼントにするのだ。あなたが私とおそろいで買ったヴィヴィアンが、箱の中でもよく見えるように、蓋は限りなく透明の凸レンズ。
前々から買おうと思っていた品を手に入れて、達成感がはっきりとあった。貧乏学生の私も、ひとりでこんなにおしゃれなところに来られるようになった。

そのはずなのに、店を出た時、なんだか吐き気がしたのだ。

だって、きっとここに、彼と前の彼女はきていた。
残り香がした気がする。どうしてポイントカードなんてつくってしまったんだろう。ならば次回は絶対に、青山店に行かなくてはいけない。

小さな駅、静かな街。高速道路の高架下を、ゆらゆらとよろめきながら進む。烏山川のせせらぎのほとりについたあたりで、「私ってなんてストーカーなのかしら」と思った。

だってこれは、今の彼ではなく昔の彼を追いかけていた。私のことを知らない男を、私は追いかけている。馬鹿みたいに悲しくて、無意味な行動だった。きっと彼氏が知ったら、悲しむに違いない。

のろのろと進んで十数分で北沢川と合流した。ここまで来ると、やっと今に帰ってこられた気がした。

下北沢まで歩いて、そこから電車に乗るつもりだったのだ。いま彼氏はこの近辺に住んでいるから、ああこうやって1年が経ちました、めでたしめでたし、と勝手に納得をして、下手くそな暗喩みたいなお散歩はそこで終わったのだった。

そんなわけで、現実に戻って来るのに、彼氏を使うわけには行かなかった。彼氏を見たら憂鬱になりそうだったのは、言うまでもない。私はスマホをとりだして、トーク履歴の一番上にいる男のひとにラインをした。

「なんや、」

結局、《男》や《男女》に失望している私を救えるのはこの人しかいないのだ。

なんだか友人F(27歳男性)から、20日の土曜の夜にかかってきた電話から透けてみえた「さみしさ」は、無視したほうが好いように思われた。
つまるところ、変に私側から意識はしないほうが良い。そういう結論にいきついたのだ。

連絡を断つまえと同様、彼は何かと私を構いたいらしく、まさに小学生のするちょっかいをかけてくる。

誰よりも早くインスタグラムの投稿を閲覧したかと思えば、「あの写真可愛いな」「実物はアレなのに笑笑」とわざわざラインに場所を変えて言ってきてみたり、そんな彼のいじらしさを私は笑っていた。
そんなに寂しいのね、と私から見れば他人事だった。

彼氏はこんな私を抱きしめてくれるし、くちさみしい私にいっぱいのキスをくれる。自分を承認することができない私に、無上の承認をくれる。できの悪い私を、可愛い可愛いと甘やかしてくれる。嬉しい。なんでも与えられるから、私は悲しまなくても怒らなくても済むし、ずっと喜んでいられる。私でも、彼の前でなら可愛くいられる。だから私は、彼氏を讃えて抱きしめて甘やかす。あなたにそれがないのはかわいそう。

友達がばかに多いけれど、あなたの寂しさを本当にわかってるのはそのうちの正味どれくらいなのかしら。

どちらにせよ今の私は彼氏のいる身だし、Fさんから何を言われようとも、あーあ、おかしいんだからホント。で片付けられる。
彼は彼で「ひずみはマゾっぽいから俺からいじられて嬉しいやろ」とか、未だにそんなことを本気で思い込んでいるみたいだし、そんな思い違いも今や愛らしく思われた。

そう、彼は以前から、私の異性との関わり方が兎角気に入らないようだった。ちやほやされるために男に会うというのが、どうも金に狡く見えて嫌みたい。
自分に自信がないから自分の価値を確認したい、それだけなんだけれど、あの人はそういう弱く繊細な感性をもたない。

否応でも関わらなければならない関係ならまだしも、そんなに嫌なら話しかけなければいいだろうに、アレコレと説教してくるさまが可愛かった。

ああこの人は、根底では私と関わりたいんだと思うとほほえましい。

考え方が気に入らないのに、どこで気に入ったのかと思うと謎だけれど、多分彼は私の反省するさまが好きだったのだと思う。要は簡単に支配欲や征服欲が満たされるから、気持ち良かったんだろう。
反吐が出そうだけれど、これが人間なのかと思うと面白い。

Fさんはアレをすごく怒っていたけれど、あれは寂しくて自信なくてやっていたの、と言ったら、電話口でもわかるくらい気まずそうにしていた。予想だにしなかったのかもしれない。
続けて、私がしおらしく謝って、改心したフリをすれば嬉しそうにしていた。なんだ、とつぜん憮然とした態度でくどくど言い始めたかと思ったら。あれ嫉妬だったんじゃない。と可笑しくなった。

「Fさんに怒られて以降、本当に会いたい人以外、会わないことにしたんです」
その時の彼の狼狽えぶりといったら!
4ヶ月放って置かれた自分は結局どう思われているのかという不安。それでも今は連絡を取りあい、会う約束を取り付けることになったという安堵。そして、その会う約束があまりにも遠い3月3日になるという焦り。その全てがないまぜとなって、「俺迷惑だなんて思ってないし怒ってへんよ。おもろいと思っとった。」

「金曜日」
「今週の?」
「そう、どっかいくんやっけ?空いてないの?」
「生徒の面倒みないといけないから。1月から2月にかけては受験期だし忙しいんだあ」
「3月3日なんて遠すぎるやん。はよのもうや」
「それはそうだけれども」
「新橋いくから」
「20時半スタートでいいならいくけれど、」
「ひずみ門限何時だっけ?あんま遊べないな」
「長く遊ばないとだめなの?」
「だめじゃないけど」

指先から力が抜けていく。やっぱりこの人は友達じゃないんだろうか。男の人なんだろうか。
そう思うと憂鬱で、やっぱり27日の金曜日には会わないことにした。友達に会うならまだしも、男の人と会うのは彼氏に申し訳ない。

27日、彼氏にケーキを買う。金曜の夜、本当は行けなくもなかった新橋。いつもならすごいはやさで返ってくる、Fとのラインが滞る。
だからあえてバイト先にはサービス残業で、そもそも新橋になんて絶対に行けなかったことにする。


「これ、池尻大橋の?みーちゃんは僕の好みをほんとうによく解ってる。ここ、すごく好きなお店で、」

土曜の夜、彼氏の誕生日を祝いながら、Fのラインの通知を切る。土曜の夜に電話なんてかけてこないで。バカな男。

「そんな気がしたの。私も好きかもしれないから」
目線をうろつかせ、気まずそうに笑った私の頭を、彼氏は撫でた。

ありがとう、こんなにかわいいものを、ありがとうね、ぼくが指輪を毎朝探しまわって、やっとのことで着けて出勤してるって知ってたんだ、

プレゼントをあげたのは私のほうなのに、なぜか泣けるほど嬉しくなって俯いた。

私は、27歳や28歳になった時、独りで立って、隣の人に優しさをふりまいていられるんだろうか?