Undine

憎んだり愛したり忙しい

夢日記

ネコに卵をかけてチンして食べる夢を見た。とてもじゃないが不味くってダメだった。私はネコのしなやかな動きが好きだった、ネコが好きだったのに、気持ち悪い。


いつでも消極的選択をしてきた。総合職は体力的に厳しいから一般職。そんな感じで。そうしたら体力を削り取られる部署にきた。逃げた報いなのだろうか。
お遊びみたいな4月を終えて、地獄の繁忙期をむかえる。自分が今何をしているのかわからなくなるくらいの。
仕事が終わらない絶望感を、私は独り涙をおとしながら噛みしめる。
短いスパンで、1年にこれを7度繰り返す。7度もこんな思いをしないといけないのだろうか。先輩は引き継ぎもせず私の前を去る。全くわけがわかっていないのに、他の人よりたくさんの仕事を押しつけ、られた。仕方がない、仕方がないんだ、だって私は若手なんだから。みんなだって忙しいし、何より年嵩で、それぞれの家庭がある。ああでもわたしは。そうやって憔悴してゆく。

先輩がおこした重大なミスを、私はうっかり発見してしまった。気づかなければよかったのに、上司は始末書を書き事務フローは変更になった。マニュアルに沿って仕事をして、やり過ごすつもりでいたのに、マニュアルも使い物にならなくなった。目的や意図がわかってさえいれば、マニュアルの手順なんてどうでもよいのかもしれないが、私は目的や意図なんてわかっちゃいない。不幸なことに、私が今度ミスをすれば間違いなく上司は追及を免れない。どうしてこんなことになったのだろう。誰のせいでもない、仕方がないんだと思っても、誰も恨めないのもまた苦しい。頭がいたい。仕事に行きたくない。仕方がないんだろうか。仕方がないなら許されるのだろうか。私が苦しいのも仕方がないなら、私が休むのも認めてくれるんだろうか。

何者

五月病です。もうすこし続く見通し。

NANIMONO (feat. 米津玄師)

NANIMONO (feat. 米津玄師)

私の身分証が、職場の保険証になった。
運転免許がないから仕方がない。私は、何者か名乗る時、職場に属する者である、とまずは言うことになった。


もう金融機関をひとつ任されるようになった。
家から異様に近いのもあるけど、職場に着くのがどんどん遅くなる。

でも、みんな、職場の人はとてもやさしい。辞めて欲しくない、長く続けて欲しいって日々言ってる。

検査でも悪かった体が少しでもよくなればいいと思って、心が少しでも安定すればいいと思って、彼氏だけに責任を負わせたくなくて。

そうやって服みはじめたピルの副作用で、今日は仕事を休んだ。


ただでさえ少ない有給を、1つ使ってしまった。バカみたいだ。良かれと思ったことが裏目にでる。みんなには良く作用する薬が、自分にはこうも合わないとは思わなかったよ。やだなあ。どうしていつも、マジョリティになれないのかな。マイノリティならなおさら、強くならないとだめだ。でもなんだかおかしい。1人の時、私はきっと強い。
1人で決めた店で1人でランチをしている時はあんなにも楽しいのに、人に囲まれてご飯となると、途端に箸が進まなくなって、胸が苦しくなる。

ああしかしどうして人がたくさんいるというだけで、こんなにも心がぐらぐらとよろめくのだろう。帰りたい、帰りたい、1人とか、2人とか、矢印がひとつしかない世界に帰りたい。ソーシャルやコミュニティというのが苦手だ。誰かが私という人間の印象を共有している、そういうはしご型ネットワークともいえる状況がどうも苦手だ。

1対1とか1対2で丁寧に向き合えばちゃんと結果につながっていた、講師業が懐かしく愛しい。あの時は、生徒のために、もしくはご家庭のために心を砕きさえすれば、評価された。今はよくわからない。
「言われた仕事を、"きちんと"やる」「品行方正にふるまう」の指す意味があまりに広範で、私の頭は容易にこんがらがる。

仕事をこなす。でも、それが果たしてきちんとしているのかはわからない。どうやって差異を出して、私なりの良さを出すというのだろう。でもそれだって考えるだけ無駄で、だって国家公務員なんだから、差異をつける働きぶりなんてする必要がない。一様に、きっちり、違わず、前例に沿って。きちんと、ってなんなんだ?

私が心から大好きだった生徒たちに想いを馳せる。今の仕事に愛はない。仕事の苦しみを正当化できるのはいつだって愛だ。
ああ、こんな回想、ポエティックすぎるな。思い出はいつだって美しいけれど、今までバイトを転々としていたなか、講師の仕事しか続かなかったのもまた事実だった。悶々とする。愛。


仕事場からは、何人かから体をいたわる電話がかかって来た。なんて優しいのだろう。いい職場だなあ。でも、優しくされて、どうしてこんなに涙が出るのだろう。きっと私はとてもわがままだ。

誰かがずっと私のこと見てる。仕事場のルール・規定を守らなければ早い話が法律違反。心配して私を見てる。閉塞感がすごい。ノイローゼになりそう。見ないで。私を見る視線を、共有しないで。


今日もこなす回議スタンプラリーに意味を見出せない。どんどん心が力を失っていく。
我々をまとめる偉い人をまとめるそのまた偉い人のその先にメディアにも出るあの人がいる。宇宙的だ。小さい私は小さく潰れる。小さい先輩も小さく働く。小さい我ら固まってかかわる、むしのさざめき。そんなものだよなあ。
やりがいを求めて就職したわけではない。だけど、外付けのやりがいが、もとめられる義務が、ノブレスオブリージュが。
世のために働くということがこんなにつらいとは思わなかった。
だってこんなに人の目は絡まって。それなのに「ああ、報われた、」と思う瞬間すらないなんて思わないじゃないか、ふつうに。苦しみもなければ報いもない。定期的に支払われる給与のために、機械のように仕事をしている。
人のためと世のためって、こんなにも違うんだね。


きっとやりがいを「お金」「安定」とかって割り切って、はっきり言えるようになればいいんだ。
わかってる、わかってるんだけれど。

こんなすてきな晴れ間を、水筒に入れたお茶を持って、散歩することができない。雇われるって、そういうことだ。
休みを自分で決められない、仕事を自分で決められない、そういうことがこんなにもつらいと思わなかった。


今の私は国家公務員だ。何者でもないわけではない。でも、それだけだ。きっと私は私であると定義できた学生の時分のほうが、ずっと生きやすかった。
仕事場に属する私ではなく、私の中の一部に仕事を設定したい。
こういうのもきっと勉強やスキルが必要で、だからなんとなく、勉強を始めた。結実の日がいつかはわからないけれど、こういう形でがんばるしかないよなあ。

天窓付きの家の屋根裏

生理は来た。子供は来なかった。
私はきのう、初めてトリキュラーを服んだ。





憧れて入った職場、初めて触れる「仕事」というもの、もう学生ではなくなってしまったという自覚。
それらが、正常なサイクルを乱していた。よくある話だが。

体温計と同じくらいのサイズのピンクの棒。そこに開いた、小さな小さな四角い窓。窓の中にはなにも映っていなかった。私の中には、私以外なにもいない。



私はこのところずっと憂鬱で、取り乱していた。彼はそんな私を絶えず抱きしめてくれたし、子どもできてなかったらいいね、とか、たぶん大丈夫大丈夫しんじてる、だなんて無責任なことは一言も言わなかった。

「きちんとした流れを踏みたかったけれど、大好きなみーちゃんと子どもが出来たなら、それはとても嬉しいことだと思うよ」
「ただ、不安にさせるような行為をしてしまったのはごめんね。本当に最低なことをしたと思ってる」
「妊娠してるとわかったら、すぐに挨拶の日程を設定させてください」
「みーちゃんの子どもだなんて、絶対にかわいいと思うよ」

追い詰められた私が、彼を追い詰める。彼はそんな時でも真摯な言葉を忘れなかった。

どうして私に、こんなに優しくしてくれるのだろう。初めて受けるこんなあつかいにいつもとまどってしまう。上手なことなんて何ひとつ言えず、私は感極まって泣いたり、笑ったり、すきだよと言ってみたり、抱きしめることでしか伝えることができない。


妊娠の可能性がある行為をしてからも、私たちは身体を重ねた。懲りていないわけではない。多分もう、そうなった時の流れなんて、いつにせよ慌てるしどうであれ傷つけあう。一種の諦観のようなもの、なのかもしれない。恋人である以上、切り離せないのだ、こういう行為は。
恋人である私たちは、傷つけあった時は言葉を交わし、身体を重ねて修復をする。もうそう解ったのだから、そうするほかない。


「ずっとこうしていたい」、彼との時間はその位心地が良い。優しさと肯定と思いやりに満ちている。

しかし口にしてみればその言葉は空恐ろしく、汗ばんだ背筋のうらでぞっとするような、そんな感触がする。
だって、言葉にしてしまえば、はっきりとわかってしまうのだ。私たちは行為中、理性で愛し合うことができていない。夜の後始末は…日常の生活は、理性が請け負うことになるのに、だ。

いっときの感情に、押し流されることが怖い。心から愛し合うことなんて、もっと怖い。ベッドの上で、昼間の私が、跡形も無くなってしまうことが怖い。人間じゃなくなってしまう。私は、怪物やら化物になってしまうのか。

その日もいつも通り、気持ちが良かった。



ヘトヘトになった身体を綺麗に整えて、彼と沖縄料理を食べに外に出た。

ゴールデンウィーク中とあり、どこも混んでいた。飲兵衛たちはちょうど二軒目といった頃合で、店は普段以上にがやがやとしていた。

「僕はずっと前から大好きって言ってるよ」
「そっかあ……そっか、」
「…おいしい?」
「すき」

そうめんちゃんぷる、というものを初めて食べた。素朴な見た目なのに、口にすると複雑な旨味が広がった。美味しくてついちゅるちゅると啜っていると、銀座にもおいしい沖縄料理のお店があるから連れて行ってあげる、そういえば沖縄行きたいねー、なんていう話になった。

「……え、じーまみー豆腐もうないんですか。うー、残念だなあ。じゃあちょっと考えます。ありがとうございます」
「ねえねえ、じーまみーってなに?」
「超おいしいんだよ、ナッツの味の豆腐。代わりには……スパムでいいかな。あときゅうり」
なんでも本島に行ったことはなく、仕事で3度石垣島に行ったのみなのだという。でも、沖縄料理、くわしい。


生理が来たら、私はトリキュラーを服む。そうしたら私たちは、望まない妊娠をしないで済む。望む時に子を成せる。今がその時でないのは、お互いにわかっている。

破花

破花

遺された彼のお話

元彼と別れて、もう一年と少し。


別れの間際、どうして、どうしたってあんなに憎くなるのかしら。

元彼に吐き捨てた、呪いの言葉を思い出しました。

「人の気持ちもわからない、出来損ないのあなたが、人並みに幸せになることなんて絶対にない。出来損ないは出来損ないらしくしてなさい」


これは一つの意趣返しでした。

この人と付き合うと決めた日、彼は彼自身の父の自死を振り返り、「人の気持ちがわからない」「普通に幸せになりたい」と言って泣いていました。
その時私は「悲しがれるのだから、人の気持ちを持っているじゃない」「幸せだって夢じゃない」と言って慰めました。寂しそうなその背中を、支えたいと思ってしまったのです。

私は何一つ分かっていなかった。だって、恋したあの日、私は彼の背中しか見ていなかった。憐れっぽく私の気を引いてみせた、彼の貌がどんなに私を憂鬱にさせるか、気づいていなかった。
彼は人の心を持っていますが、人の心を解しません。解ろうともしていなかったのだと思います。

多分、簡単に人は死ぬと学んでしまって以来、自分1人生かすので精一杯だったから。解ったところで、人は死ぬと知っているから。だから、他人への興味がなくなったのだと思います。

そう気づいて以来、彼に向かうのが虚しくなりました。何人たりとも解ろうともしない彼なんだから、私を解ることなんて一生ない。私は、完全に自己完結している彼が、とても人間には見えなくなったのです。

(彼じゃ愛は確かめられない。)

彼はいつだって、「自分を」悲しがるのに夢中でした。その悲しい顔を見て私がどう思うかなんて考えていなかった。
どんな場所にあっても、 —そう、それがたとえ、彼自身の独り住まいの部屋であっても— 申し訳なさそうに、所在無げに佇むその影が、いつか確かに、薄気味悪く感じられたのです。

薄気味悪さは疎ましさに、疎ましさは憎さに姿を変えて、私の腹を支配しました。だってこの人って、幽霊か屍者。半死半生の化生のもの。彼岸の故人に心を囚われたままで、此岸の私・今・未来のほうなんか、本当はずっと見ていなかったのでした。

そんなこと、実はずっと前から気づいていたのです。認めたくなくて躍起になっていた、それだけなのです。

若くて夢みちあふれた甘い若者の私は、化物の彼氏をいつか此岸に連れて来られると信じていた。此岸での楽しい日々を教えてあげれば、なんとか人間になれる。私は人間の恋人と幸せになれる。

でも、そんなの無理でした。
彼は人間になりたくないんだから。

だって人間は、思い半ばにして、死ぬんですから。彼らの言葉に耳を傾け、理解しようと思った矢先に、口を閉じてしまう。続きを聞きたいと望むのは、過ぎた願いと思い知る。

死者は黙して語らず、生者だった頃の言葉を型取り、緩やかに固まります。象られた死者は人の心の中で、実体なき標本になります。
もう思考せぬ亡骸を解ることなんて、もう永劫不可能なのです。

話らおうとする夜も、彼は無口で、口を開いたかと思えば静かに泣くしかしませんでした。言葉を交わし、相手を解ろうとなんて思っていない。言葉が無意味だと、諦めているから。

彼の想いはあまりに微かで、彼の声はあまりに遠い。対岸を眺むかのように、あまりにもおぼろげな像でしか、彼を捉えられない。

 

幾度となく、それなら死んでしまえと思いました。同じくらい、一緒に生きたいと泣きました。でも、どうあっても無理なのです。人に笑顔を手向けようとしない化生に、人生を楽しむ道理などないのです。
苦しく生きるか、楽に死ぬかです。

人間、幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せなのです。笑顔をくれる人がいるから、笑顔を向ける人がいるから、人は幸せなのです。そういうことが、笑わぬ化物には解らないのです、から。

死ね、と、はっきり口に出して言いました。遂に言ってしまったのです。
そんなに悲しそうに生きるなら死ね。生きたくない死にたいと嘆いて泣け。化物のくせに、人の気持ちに不感症のくせに、人でなしのくせに。人の幸福に嫉妬など、身の丈に合わず生意気だ。


私が彼のもとを離れられない理由は、ただひとつ、罪悪感でした。見捨てたら死ぬような気がしたのです。私は彼を殺したくなかった。
しかしいつぞやついに、嫌悪感が罪悪感を上回った。私の手を離れたタイミングで、彼が泣こうが死のうが、気づけばさして問題ではありませんでした。

感情は軒並み全て鈍磨してしまったのに、人の幸せを見透かす目だけは曇らなかったのが、彼の悲しいところでありました。感じる(解る)ことはできないのに、識る(判る)ことができたのが、一番の悲劇です。

だって、恋している時の私には、凪いで透きとおった彼の目しか、見えてなかったのです。2人で見つめ合うしかしていなかったから、その不気味な、うやむやと蠕く口もとに気づくのが遅れた。

彼は、蒙昧な幸せを、愚かで(だからこそ)可愛い女と追い求めれば良いのです。幸せだから笑うのだと信じて疑わぬ、哲学なき女と。

なんて強情で、酷い女なのでしょう、私は。傷つきやすい彼の、傷つく言葉が簡単にわかる。彼を思いやるからわかっていた。わかっていたからこそ、言わずにいたのに。

どうせ2人で幸せになれないなら、散々まで憎んでほしかった。それでも彼はきっと私を憎まず、きっと己を悲しむのです。


ああ、本当に早く、死ねばいいのに。

うそ、ほんとうは、憎くなんてありません。ただただ悲しくて、遣る瀬無くて、そう言うしか見つからないのです。

 

ああうそ、うそ、やっぱりうそ。ほんとうは、幸せになって欲しいのです。

でも、彼の幸せを揺るがずに願えるほど私は強くもないし、考えなしでもないのです。

 

傷つきやすい彼はこれから先、滅茶苦茶に傷つく。

みすぼらしいと言われて。

学歴の割に暗愚だと言われて。

親が自殺しているうちの子と親戚になんかなりたくない、と言われて。

これらはすべて、彼と付き合っているうち、私に差し向けられた言葉たちです。だからもう、私は彼が悲しくて仕方ない。彼が自分を悲しがるように、私も彼を。

絶対に幸せになんてなれなかったのだと、こうして時間差で思い知っていく。

たいばん

もう1週間もすれば答えが出る。今日が生理予定日だった。1日2日のズレが、今回ばかりは恨めしい。

生理は来る、子供は来ない。
大袈裟に騒いでいる。大袈裟に悩んで。

それが大袈裟、で片付けられればどんなにか幸運だろうか。
わたしはまだ授かることを喜べるほど大人ではない。だから、毎晩祈ってから眠る。
まだ幸せにはしてあげられないから、どうかまだここには来ないで。
ああ眠れない。仕事になんて集中できない。ダメな新人。

彼氏のおびえ。
わたしからすればとても大人に見えていた彼がプレッシャーに押しつぶされそう。一年半前の理不尽な婚約解消、それに伴う借金の傷がまだ癒えてないんだって。
ああ借金してたの。かわいそうに。抱きしめてあげないと。あなたがわたしを愛すぶん、わたしもあなたを支えてあげる。


上司のセクハラ。
「結婚しても長く勤めて、ここで力を伸ばしてね」
素敵な激励。わたしには重荷。なんの能力を買われたのかは知らないが、新卒が滅多に来ない、残業上等の部署に配属になった。もうそれだけでも少し苦しい。
優秀な人が来るところなんだよって言われた。別にわたし、優秀ではないし、優秀じゃなくてもかまわない。
私は、働きながら夜ご飯を作ったり、家事をする生活に憧れてたのに。
9割が男、1割はもう子どもが大きいママさんとか、子どもを作るつもりがない奥さんとか、そういう人で構成されてる。

先輩の残業時間を見ることが恐ろしい。
定時で上がっていても私は、力尽きて家で眠り込んでいるのに。

「綺麗な子が来たってみんな喜んだんだよ。ここは野郎ばっかりでさ」
「腹を割って話すっていうのも、楽しいもんだよ。今度また飲もう」
「出会いはここでもたくさんあるから、社内の集まりは大切にしたほうがいいよ」
「美人さんだね、でもぼくは××さんのほうが好きかな」
「ぼくの奥さんはここの人でね」
「俺も」
「はは、〇〇さんだから言うわけではないけど、こういうのも大事だから」
「ほんとうにかわいいね」
「大丈夫みんな味方してくれるよ」

受け手の問題だ。わたしはたぶん繊細すぎる。でも、飲み会の帰りは何かを殴り付けたい気持ちになった。やめてよ、言わないで、助けて、わたしをそういう目でみないで。
けいちゃんが助けてほしいのに、けいちゃんには頼れない。おとうさんおかあさんには頼るわけにはいかないよ、だってもう大人だもの。

子どもは愛せる。理不尽だって愛せる。
でもわたしは、

を愛せない。折り合いがつけることができない。大人になれない。のに、子どもなんて。

4月1日

君と映画

君と映画


こんなこと
http://suicide-motel.hatenablog.com/entry/2016/10/09/152010
いってたのに

なんか思いのほかだい好きになってしまった。
半年経つけど。半年という月日は重いなあ。
彼氏が、就職前の最後の土日に、お祝いをしてくれるらしい。優しい人だし、日々を大切に生きてる人だ。折節を意識して。

思いのほか心を通わせてしまったよ。
いつかくる別れに臆病になっている、それはずっと変わらない。小さい頃は夜起き出して親に、「私が死んだらぬいぐるみと一緒に埋めてくれる?」と泣きながら訴えていた、その頃からずっと変わらない。
すきなものといたい。

別れたくない、なんて言ってはいけない
一緒にいたい、と言うべきなんだ。多分。

ライラック・ブルー

orion

orion

  • 米津玄師
  • J-Pop
  • ¥250

さいきん、日記をつけている。
2月の末、彼氏と旅行に行った時をのぞいたら概ね好調である。……わたしにしては。だって、辞めていないのだ。何日か空いたとしても、その日の記憶を手繰り寄せてちゃんと後日埋めている。良いじゃないか。わたしにしては良く出来ている。
毎日はつけていない、週一でまとめてつけるのが習慣で、わたしのペースだ。

そんな時、iPhoneのメモ機能が活躍する。
その日したことや気持ちを忘れないよう、ヒントをメモに書き溜めている。
その時、日記用の手帳を家に忘れているからかもしれないからだ。

でもあえて、最後は紙に残す。来年はもう少しかけるスペースの多いノートにしようと思う。今はミドリの文庫本サイズの、薄いほうをつかっているけれど、デイリーで1ページ割り当てられてるやつがいいな。


字を、手でかくのが好きだ。絵をかくのも好きだから、ペンというものが好きなのかもしれない。さりさりとした書き味がいとおしい。
あとは、白い紙。白い紙が好きだ。手帳も、だからミドリのやつにした。
絵が入っていてかわいい手帳というのは、飽きてしまうから嫌いだ。その日のお気に入りを選んでも、3日とたたずお気に入りじゃなくなる。
だから身の回りの文房具は、無装飾のものがおおい。装飾に飽きてしまいやすいんだと思う。iPhoneも、かわいいカバーじゃなくて裸にみえるバンパーをつかっている。ちなみに服も、いわゆるノームコアなものが好きだ。装飾があまり好きではない。

……話がずれた。

そう、手でかくのは本当にいい。頭が整理されていくようだ。ボールペンや万年筆でかいているから、アウトプットの前に一瞬、間がある。その一瞬のおかげで、私の頭は冷やされるのだ。

それにくらべて、スマートフォンのメモというのは、思考が高速に拡散されていく感覚がある。かきたい放題かいても、あとで直せてしまうと思うからか、文がどうしたって直接的だ。


そのためかこのブログは、紙の日記にくらべて、悲愴感というか、熱量がふくまれやすい。過熱して複雑化する私の脳みそが、そのまま克明に現れている感じだ。
情熱を表現するには、デジタルで文字を打つこちらのほうがよさそうだ。

流れがちな私の字体もあいまって、紙の日記はどこかひんやりとしていて、さわやかだ。たとえその日悲しくて泣いていても、遠い記憶として処理される。どんなに泣けど騒げど喜べど、文庫本のなかで私はおだやかに凪いでいる。

私の精神を鎮静化するために、紙の日記はとても役立っている。字にすると、自分がうけている愛の形を指でなぞれる気がする。
あとは、抑肝散も役に立つ。ほんのり甘いお茶のような漢方薬。漢方は西洋医学のお薬と違って、薬効はおだやかだから、頓服してもあれなのかもしれないけれど。
薬包を開いて顆粒をお湯に溶いて飲むと、本当に心が落ち着く。

落ち着きたい。騒ぐことなく凪がせておきたい。いとしい人にひたりとよりそう、なにかでありたい。