Undine

憎んだり愛したり忙しい

限りなく重松清的

限りなく重松清的な家庭に生まれた私の話。


彼氏はラブラドールレトリバーに似ている。

http://youtu.be/n-hKcOzIumM

この動画のラブラドールレトリバーに視線も仕草も似ている。すっごい健気。



人前でははしたないので出さないようにしていますが私は過干渉の家でかなり手を加えられて(父からはギチギチに叱咤され、母からはベタベタに甘やかされて)育ったので、外では完璧な距離と態度を取るくせに二人になると身も世もなく甘えます。外ではスペックを生かしきった振る舞いがしたいけど、うちではスペックに拠らない、堕落した愛情表現が欲しい。

これって本当におかしな話で、スペックによらない愛ってのはふつう親からもう受けてるはずなんだよね。やっぱり私はまだ親に囚われてる。特に父親に。


父は黙してあまり語らないけど、強くて偉大な人。早いうちに親を亡くしたり借金を背負ったり、それでも身を立てて強く強く生きてきた。勉強はあまりできなかったみたいだけど、本をたくさん読んで少しでも自分の理想の家族を作るために努力をした。「たたき上げ」ってこういう人なんだろうなと思う。


読書家で、新しく覚えた言葉を使いたがる幼い頃の私を見て父は「子ども」という存在に強く期待した。しかしそうやって父が私たち双子に求めた人間像はとてつもなく大きすぎて、平穏な家庭に生まれたごく普通の私たちは、中学受験で燃え尽きて、中学生の時一度確かに壊れちゃったんだと思う。


何の前触れもなく突然、神田駅だったかな?多分まだ若い、さえないサラリーマンに尻を触られた。痴漢というにもお粗末でぎこちない手つきに、どうしようもない人間がいるものだと感じた。

その時、期待に応えられない自分が憎くて死にたくてしょうがなかったはずの私が、死ぬ必要なんてないなって確信した。バカでもクズでも厚顔無恥なことに一人分の場所をとって生きている。それがこの世界なんだとやっとわかった。

予備校をサボって渋谷のルイードで当日券買ってライブを見てたら、更に人生どうでもよくなった。白塗りメイクで歌詞もろくに聞き取れない、雑音みたいな音楽しか作れないバンドマン。それでも女に貢がれて生きてる。

その間にもガラケーに届く、26歳サラリーマンからの一方的なmixiメッセージ。彼女と喧嘩中なんだ。もう別れるかも。そうだ、みきちゃん今日は何食べた?おれはね……、奥二重で鼻も高い。脚が細くて、グレーの薄地のジャケットを着た安っぽい男の人だった。それなのに「何それ気持ち悪いです」って言ったら悲しいくらいに謝ってきて、この人本当は彼女すらいないんじゃないかなって哀れに思った。

マイミクの狂言自殺。洗面器に一杯の水とぶちぶちに穴の空いた薬のシート。男の人なのに長い髪を二つに結わえた、鼻先でメガネをかける癖のある人だった。コメント欄は激しく炎上してて、私はおもわず笑ってしまった。どうせ生きてるよコイツ。あはは。バカじゃん。

星型のレッグカットの写真。みきちゃんも恋をしたほうがいいよ、って優しく声をかけてくれた19歳のお姉さん。でもあなたレズでバイで、女にフラれて今度は死ぬんでしょ?なのにどうしてそんな無責任なことが言えるのかな。


全部をぼーっと見ていた。励ますでもなく、悲しむでもなく、怒るでもなく。

こんなにもつまんなそうな奴らでも、法治国家の日本では人でも殺さない限り死を強いられることなんてない。


それ以来継続的な努力というものが苦手になった。努力したって父には認めてもらえないって思ったし、母はこんな家にするつもりなかったのにって泣くだけだし。泣くんじゃなくて何とか言えよ女。お前があいつと結婚したんだろ。お前が私を産んだんだろ。


父も私も歳を重ねるにつれ健康的な諦観を身につけて、比較的元気にやってたけど、本当に私が15歳位の時はどん詰まりだった。小康状態を保っている間はそうでもないけど、ひとたび家庭が荒れ出せば絶対こいつら全員殺してやると思ったものだった。私は生きるけどな、なんて……反抗期だったんだなあ。


サボるのが比較的うまい?私は、あの三十路男にうつつを抜かしながらもギリギリのところで大学受験は踏みとどまったけど、弟は浪人した。私は一言弟に、「予備校の金はともかく、一年扶養控除の枠が外れるけど、その数十万分どうするつもりなの」って聞いた。

弟はその時泣きながら「お前はいつでも俺を見下してる」って言った。今は一緒に買い物に行ったり仲良くしてるけど、この前も弟は突如発作のように怒り狂って「お前は俺と同等の立場なのに、どうしてそうも偉そうなんだ」って怒鳴り散らした。

返す言葉もないよ。実際私のほうが偉いんだからしょうがないよね。うちの経費計算も確定申告も私がメインでサポートしてるから、お父さんもお母さんも君より私を評価してるに決まってるじゃないか。今でも貢献・評価・立場への反映のシステムがうちでは続いてるんだもん。


父にとっては失敗とも思しき大学受験が終わって、珍しく父は私を褒めてくれた。苦労を労わる言葉とともに。これでやっと色々終わったんだなあって思った。でも、跡形もなく消えたわけではない。

父は「marchよりも真面目そうで良いかもな」って珍しく笑ってた。そうだよね。うちの女子大なら、marchよりも頭の良い男が手に入るもんね。

本当は何一つ、私は変わってなかったのかもしれない。その年、私は先生に勧められたある大学の受験をすっぽかしていた。私にとっては意味のない、父のあまり好まない大学だったから。


私は無条件の愛が欲しかった。親の愛がやっと尊く思えてきた今でも、ずっとそれに代わる何かを求めてしまう。きっともう刷り込まれてしまった。


しかし探し方がまるで良くなかった。どんなに人をたくさん釣り上げて私に食いつかせたところで、父に勝る人間など誰一人いないように思われた。話しているうちに害虫か何かに思えてきて、「父以下の人間の評価なんて要らない」と思うようになって。勢いづいて罵倒しても、悲しいくらいに自尊心の欠けた男が多くて。何ひとつ立派に言い返されることなどなく、虚しさを深めた。

志があるのなら、私の言なんかに影響を受けないはずなのに。

好きなバンドマンをいじめたのも、捻じ曲がった正義感とか視野の狭まった愛情というよりも、相手の意志をどこまで足蹴にすることができるか試したかっただけなんだよね。



そんな時に出会ったのが今の彼氏だった。

最初はなんとなく、超頭良いし優しいしこの人と付き合えたら幸せかもー、くらいにしか思ってなかったけれど、偶然一緒にした食事を機にそのイメージが変わった。ジョッキを手に初めて耳にした彼の過去は、あまりに父に似過ぎていた。

私は数年ぶりに人前で泣いた。あんな苦境に立ちながらも努力し、結果を手にした男が同い年でいたなんて。訳も分からずただ泣いた。今になってもあの時の涙は同情だったのか何だったのかもわからない。優しいんですね、と言われたけれど、その言葉は決して適切ではない。強いて言えば私は惨めだったのかもしれない。同い年の彼を見て初めて、父の苦しみを理解できたのだから。


聞けば私の同級生に告白されたので相談に来たのだと彼は言う。先ほどの話を聞き終えた私は、そんなこと心の底からどうでも良かった。

付き合いたければ付き合えば良いと思ったし、付き合ったところで今やその女よりも私は彼のことを深く愛している。いずれ私のところに来る男だと確信していた。

付き合ったらいいじゃないですかと笑えば、彼は無言で彼女のLINEの履歴を全部消して、私の首から下の写真を撮ってTwitterにアップした。

人の心を踏みにじる、最高にロマンティックな夜だった。


理想そのものの彼氏だと思う。父譲りの跳ねっ返りな性格をした私に、父とは似ても似つかぬ彼は優しく手を差し伸べてくれる。

そんなあなただから私は心身を投げ打ってでも幸せにしたいと思うのだ。

手に入れた、とも思わないし、落としてやった、とも思わないけど。独立した個人に対してそんなことを思うのはきっと礼節と忠義に欠ける愚かしい人間だけ。

堂々とそれを主張できるほど私は白くはないけど、あくまでちょっと白に近いグレーであると思う。


彼氏がいるのに恋活サイトをしたり、合コンをしてしまう私だけれども、それはきっと彼氏という存在よりも上位に父の存在、もとい「少しでも多く、出来るだけ強い男性から肯定を得ること」があるからなのだと思う。一個人として見たら誰一人として彼氏以上に愛せる人なんていない。愛はおろか、自分の餌くらいにしか思っていない。これは本当の話。