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Undine

憎んだり愛したり忙しい

由無し事

就活は6月中に無事に終わった。父方の故郷であっても誰もがわかる、名の知れた所に決まって、ああ、よかった、なんて言ってひっそりと笑った。
良い会社に決まったその日、彼氏の連絡先と写真を全て消した。だってこれからの人生には彼氏以上のひとがいる気がしたから。私にとっては満ち足りた決別だった。勝った気すらした。

結局のところ、わたしは「こういう」のがむいているのだ。いわゆるドメスティックな、いわゆるクラシカルな、いわゆる……煉瓦造りの。閉じた。「そんな感じ」がむいているのだ。


今回ばかりは、楽しいことだけをして夏を過ごすつもりでいた。
しかしながら、3年間一緒にいた人が胸の中からちぎりとられてしまった今、楽しいことを思いついても一緒にする人がいないのだ。
そう気づいて、7月のわたしはぽかーんとしてしまった。別れたあの人はどうなんだろう。同じことを感じていたらおもしろいのだけれど。



就活中、私を支えてくれた人はたくさんいた。両親はもちろん、祖母、弟、友人、新卒応援ハローワークのスタッフさん。諸々。
熱病はその諸々の中からやってきたのだ。

「諸々」の皆様といえば、寸分たがわずすべて男であった。
就活中も恋活アプリはつづけていた。ひと月もしないうちに、私のプロフィールには1300人からのアピールが届いていた。

魅力が数値化されるというのは実に明快で、きもちがよかった。実社会でこんなことはありえない。しかし反面辟易としてくる・「ふつう」のプロフィールなんて見飽きてしまった。

言ってはなんだが段々物珍しさだけでマッチングをしてしまうようになってゆくのだ。
就活中の私であったので、思わず相手の職業はもちろん、職種までじとりじとりとした目でみつめていた。
官僚、総合商社、専門商社、広告代理店、経営者、研究者、外資系メーカー、云々。友達がもてはやす職種かつ、生理的嫌悪を催さない顔面の男を、指先で囲い込んだ。

そして、海外駐在の男。会えるはずもない。夏にその国に旅行に行く予定があったので、何の気なしにマッチングした。
彼は私を信じてくれていた。「ひずみちゃんはしっかりしてるから、うまくいくと思うよ」と、媚びも何もないような、まったいらな調子でそう言った。

そう、彼は私を信じてくれていたので、私も彼を信じるようになった。彼は、私が絶対にかの国にきて自分に会うと疑わなかったし、だからこそ私は絡め取られていった。
「絶対うまくいくって信じてたよ。内定おめでとう」。信じられているのだから、疑われたくなかったのだ。

毎日届く「ここも見よう」「この夜景が」「このお酒が」は、私の良心をいたく締め付けた。私は「ダメ」なのに、彼はそれを知らない。

会う気なんてなかった。なにせ無理があるのだ。親の目をかいくぐり、会ったこともない異国の男に会いに行く。なんて。

「ごめん、その日ダメになった」
しかしながら、むこうから先に言われるとは思っていなかった。
私はその言葉を聞いた時、何が何でもこの男に会うと決めた。


(このところずっと、頭がおかしい。)


心待ちにしていた出会いにさしたる感動などはない。感傷だけがありあまり、私は憂鬱な気分で帰りの飛行機に乗った。
結局私はダメだったのだ。
7時間半のフライトを終えてたどり着いた日本、曇り空からは途切れ途切れ、今にも止みそうな雨が、往生際わるく降っていた。

空しい季節だと思った。夏は好きだが憂鬱だ。空調を効かせた部屋の中で、私は私のゴーストを殴る。プリインされた反応。私だけの私の。殺してやる殺してやる殺してあげる生かして?腕がない。脚がない。確かにそれでもそれはそれで、その存在たらしめるのは、アイデンティファイされた顔なのか、プログラムされた言葉なのか。頭部に集中してしまいがちな意義。そうやって考えて、頭をぽきりと折った。何がお前をお前たらしめる?


ああやっと判ってきた。自分と相手の境目が、ずっとわからなかったのだ。どうしたって全てを捧げがちだし、どうしたって全てを求めがちなのだ。胡桃のような頭だけ残して、身体はチョコレートのように溶けてまざりあう。あなたと私は恋びとだから、それが自然なことだと思っていた。


「またあのアプリ始めなよ。ひずみちゃんはそうしたら元気になるよ」
彼曰く私は自分を、いちど銀紙にくるみなおさないとだめらしかった。
からだが凍りつくほど、冷ややかな言葉だった。



私は少し大人になった。傷はあったが血は出ていない。元カレや先ほどの彼以外の男と話しているうちに、自分の領分・自他の境目というものを少しずつ理解した。甘えるなと時に説教されながら、きみの為に〇〇してあげようと時に崇拝されながら。私は私の変えてはならない部分やそのラインを今もまだ探している。



9月にあった男は「どろどろに溶けちゃうくらい一緒にいよう」と私に言った。
逆戻りが怖くて、その甘い誘いに未だに乗れずにいる。
甘いバニラの匂いのタバコを吸う人。私と同じ洗剤を使っている人。キスのリズムがあまりに合いすぎてしまう人。

いまの私の魅力は1758、雑多な男の承認はあまりに甘く、「きみは1人では生きていけない」と私を溶かしていく。