Undine

憎んだり愛したり忙しい

大人になれるかな?

なんだかんだ言って、親の与えてくれたしあわせを求めて、私は人から愛されようとするし、人を愛するのだと思う。


私たちは就職活動を終えた。猶予期間は残り半年もない。4月になれば、私たちは享受する側ではなく、提供する側にうつる。

社会にサービスを提供し、対価として金銭を得て、それで生計を立てるようになる。ひとりで生きる、ことになる。
ひとりで生きて、愛を勝ち得て、愛を育んで、幸せを求めて、親と同じように私は家を作る。ひとりじゃなくなるための戦い。


この世に生を受けて二十余年、家族からいっぱいの愛を受けて私は育った。
親から与えられた鉛筆とノートで、親子共々必死になって勉強し、中学受験をした。

男女別学に通うことになったが、それでも中学生の時、初めて男の人から性的な目で見られることを覚えた。


あまりにもお粗末な誘いのメッセージは、子どもにもそれとわかる性行為の香りがした。その頃の私はそれを悪意と受け取った。なんだか酷く薄汚く、饐えた臭いがしたからだ。

しかしながら、おかしなことに、ほんのわずかに、達成感があった。
(私は家族から取り残されて1人になっても、誰かの歓心を買える見込みがある、と思ったからだった。)

今ならなぜ、その文脈が、そんな誘いが悪意なのかがわかる。(当時は処女厨よろしく、性行為自体が悪だと思っていたのだが。)

性行為自体は悪ではないのだ。この私を、一方的な性欲の捌け口として扱うことに悪があるのだ。彼らは私の幸せなんてこれっぽっちも考えていない。


近くにある女子校の子が、彼氏とカラオケでセックスをしていた。
友達の通う女子校の子が、歳を偽って渋谷のナンパ箱に通う。

どいつもこいつも、散々恋愛の皮を被った乱痴気騒ぎをして、最後には「私の処女を返して」なんて、あまりにも浅はかで、愚かだと思った。

私たちのような、実際の男から切り離された女の子はみんな、セックスをするとおかしくなる。まともに愛を得て恋をすればいいのに、一足飛びにセックスするからだ。

だから私は、セックスがする前から大嫌いだった。少女から女になるということは、墜落であると思った。



そんな10代だったが、いいセックスと悪いセックスがある、と気付くきっかけが、17歳の時にあった。

今でも少し恐ろしいので、全体公開のインターネットに仔細を載せるのは憚られるが、私は1人の男に「売られ」かけ、その報復として騒動をおこして彼から職を奪った。

若き身体は金になる。性は高く値がつく。
わかってはいた、わかっていたからこそリスクを分散させて接点を作っていたのだが、それでもひどく心にこたえた。
悪意。悪意。ああ、悪意、これはまごうことなき。

怒りというものは得てして、熱ばかり拡散する、燃費の悪い感情なのだけれど、ひらめくような鋭い怒りというものを覚えた。私は鋭い怒りを、彼に刺し抜いた。

取り巻きの女たちからの好意を、ほしいままにするあの男。
裏のカラクリに気づきつつ、知らないふりをする取り巻きの女たち。
彼らのやりとりはぐるぐるまわる。マッチポンプ、完成された地獄。

知らない男達とセックスするよう強いられても、風呂に沈められても、彼女達の夢は覚めない。いつか信じた、彼との愛が幻だと気づくのが、何より恐ろしいからだ。


外から悪意のような欲望を受けることで、私はあるひとつの気づきを得た。

「彼らは正しい愛を知らないの!」

この場合の「正しい」とは、私(達)のなかで正しいとされる愛、ということだ。
多分彼らの国では、そういう簡単な性の、あけすけな欲のやりとりを愛と呼ぶのだろう。
知らない文化だ。

正しい愛に基づくセックスなら、いい。
彼らが悪いセックスをするのは、正しい愛を知らないからだ。

私は、欲をお仕着せられるなんてまっぴらごめんだ。丹念に、ありとあらゆる方法で幸を願われて育ったのだ。
時に教育の味は苦くとも、時に期待の味は辛くとも、そこには思いやりというものがあった。我が父や母は、痛ましいほど必死に、「我が子の幸せを願って」いたのだ。



きっと育ちのあまりに違う人とは、分かり合えないと思った。

私は、親がくれた愛をそのまま我が子に注ぎたい。ありとあらゆる方法で、我が子の幸せを願いたい。
だから、私の思う愛を知っている人と幸せになりたい。そんな人と、子どもに愛を教えたい。






こんな話をしたのは、就職活動を機に別れた元・彼氏のことを今唐突に思い出したからだ。
父を悲しい理由で喪った彼は、事あるごとに、「幸せな家庭が欲しい」と泣いた。


彼の求める幸せな家庭とは、なんだったのだろう。今では知るよしもない。当時ですら、聞くことが憚られた。

彼の考える「幸せな家庭」はきっと現実味を帯びていない。最初から最後まで、彼は、この世にあらざる人のようにふわふわとしていて曖昧だった。

彼の父の遺書には、「お前は自分ひとりで抱え込んでしまうから…」と書いてあったらしい。だから私は、馬鹿みたいに彼の痛みに寄り添うようにした。


それでも、(企業の選考開始日を目前に控えた)あの日、彼は私を捨てて1人になることを選んだ。私はただぼんやりと、「ああ、この人はひとりで社会に向かうのか」と感じた。

別れる時、彼はおかしなくらいに泣いていた。「もっとすごい人に幸せにしてもらってください」などと言って。

もしかしたら彼は、彼と私の考える幸せが異なっている事に、ずっと前から気づいていたのかもしれない。