Undine

憎んだり愛したり忙しい

脱兎、二匹

彼氏がいない時は気が多い女なので、一体誰のことだよ、と思われるかもしれないけれど、それなりに憎からず思っていた男友達(27歳)から、今更連絡があった。
いやまあ、懇意にさせていただいている方のことは基本的に憎からず思っているし、憎ければさっさと捨てる。手許に連絡先があるということは、好きか嫌いかで言えば好き、そういうことだ。

(いろいろ相談してた人だ。すごくテキトウで、雑で、なんかスゲー関西人。私が悩むのを、励ましも慰めもせず、ただヘラヘラと眺めているような、趣味のよろしい人/失礼)


その時、びっくりしたというよりもぞっとした。
そんな夢をおとついの晩あたりにみていたのだ。そんな夢のなかで、私はその悪趣味な男友達と楽しくご飯にでかけたし、それを知った彼氏に叱られて愛想をつかされていたからだ。
彼氏に怒られたことなんてないし、たぶん彼氏はそんなことでキレたりしない。夢のなかで怒っている彼氏の顔なんて思い出せない。

その友人とは、インスタグラムでちょいちょい♡を与え合う仲ではあったが、ラインが突然届くとは思わなかった。なあ、あけましておめでと、久々にのもう!って。あけましておめでとうよりも、良いお年を、のほうが聞きたかった。

9月頭に、私は寂しくて本気で凹み、好きでもなんでもない男と取っ替え引っ替え食事にいっていた。そんな頃。食事の途中で立席して帰ったり、行く前に音信不通にしたりしていた頃。
モラルの観点から見て、私は唾棄すべき行動しかとっていなかったけれど、道徳的に肯定されたかったわけではない。そんな悪行を、女として、男から肯定されたかった。彼は私をずっと、道徳の観点から叱り続けていた。だから彼はたしかに、私の友達であった。

それからずっと連絡もよこさないで本当に何考えているの、と半ば身勝手に憤慨しながら、優しくしてくれた人ではあるので、前年はお世話になりました、とだけ返事した。

するとまったくの突然に、携帯がビリビリと震えだした。私は慌ててリビングを離れた。息が震えた。こんなことがあるのか。こんな夢どおりの、こんな夢のようなことがあっていいのか、と。

女の子の友達に会いたいように、彼にも会いたかった。絶対にそういう関係にならない、と確信している。だから、安心感があった。


でも久方ぶりに声を聞く彼は、どこかおかしかった。
おかしいというより、私は知らなかっただけなのかもしれない。せいぜい付き合いなんて2016年の2月あたりからだし、1年経たないかどうかといったところだ。


いつもけらけらと笑い、ただでさえ細い目をさらに細くする(電話口からじゃ見えないんだけれど)彼なのに、気まずいような照れくさいような、はにかんだような声で話しかけてきた。「ごめん特に、何というわけではないんやけど」。
私がそうやって半泣きで電話をかけたら「おうメンヘラか」と言って茶化してきたくせに、自分だってそういうしおらしいこと言えるんじゃない。

「今日どうしてた」
「眼医者さんいって、おうちの経費計上とかしてた。ほぼバイトみたいなもの」
「お前の家かわっとるな。悪事加担しとるんか」
「まあね、そこそこですね」

俺はな、結婚式でしたわ。
その少し憂鬱な声音を聞いて、久々に優しくなれる気がした。
ああまた?今日も素敵だった?って訊いた。たのしげに。甘く。

「いや、ムシャクシャしたわ」
「…どうしてよ〜」
「ようわからんけど、結婚式って基本的にそういうもんやねん。高い金払って、大して美味くもない飯しか食われへんし」
「そうなの?最近もやっぱり結婚式ラッシュ?」
「まあな、まともなやつはみんな結婚しとるな」
「じゃあ△△さんはまともじゃないの?」
「どうやろな」

らしくないと思った。彼なら絶対に「俺はな選んで結婚してないねん」くらい言うと思っていた。

「まともだよ。……△△さん、もしかしてさみしいの?」
「さあな」
「さみしいと頭おかしくなるよ」
「そうなんか」
「私、9月は寂しすぎて△△さんに迷惑かけどおしだったもん。だから一旦連絡やめたの」
「なんやそれ。お前のアレは寂しいアピールだったんか……9月あたりか。あの時、お前よく横浜来たなぁ、お前の家からうちのほうは遠いやろ」
「うん、頭おかしかったから」
「……頭おかしかったから、なんか」
ほんま頭おかしいで、って大笑いすると思ったのに、彼は静かに笑っていた。ぞっとした。本当に、今電話している相手は、どこの誰なんだろう。全く心が読めない。

「ねぇ△△さん、ホントごめんねあの時は。私本当に頭おかしくて、迷惑かけちゃった。△△さんの言うことは正しいから、心入れかえて、言葉どおりあんまり男の人とは会わないようにしたの」

「ええんやって。おれ、ああいうのすごく面白いと思うタイプやから。お前が精神崩れて俺に電話かけてきたとしても、迷惑やなくておもろいだけやねん」

いつも通り彼が喜ぶ言葉をつめこんだから、彼はいつもの言い分で、へらへらと笑った。
心が読めないなんて嘘だ。実は全て直感していた。

横浜に行った理由なんて、「△△さんに何としてでも会いたかったからだよ」とか言って欲しかったんだろう。だってそうでもなくちゃ、私のことなんて迷惑に決まっている。柄にもなくしおらしいから、優しくしたいし、意地悪したくなったのだ。


「そういえばインスタグラムよう見とるけど、いい飯食ってるな。ま〜たお前は悪いことしてるんか」
「しつれい!悪いことなんてしてない。良いことしかしてないよ」
「良いこと、いいこと、な。察したわ」
「ねぇ、絶対かんちがいしてるでしょう。やだ、△△さん」
「じゃあはっきり言ってみ、良いことって何なん」

私は曖昧に笑ったまま、あえて答えなかった。この人にとってみれば、私が悪いことをしている方が都合が良い。
彼は私を正すのが好きだし、私は彼と飲む酒が好きではある。なんとなく彼氏がいると明言してはっきりと身を引かれるよりは、真相は隠した方がよいように思われた。

「お前ほんとおもろいな。相変わらず。明日早いんやろ。もう切るか」
「おやすみなさい」
「おやすみ」

いっときの感情で、私を本当に好いてくれている人を蔑ろにすべきではない。だから私は、彼氏が納得する友人づきあいをするべきだ。
そうわかっている。だからこそ私は絶対に私を愛していない男とは寝ないし、二股はともかく浮気なんて絶対にしない。でもこの人と仲良くしていたいと思うのは、いっときの気の迷い、なんかではない。だからこそ慎重に動かなければ。

心は揺れない。明日だって、忙しいなか彼氏は会ってくれるのだ。


そう思っていた。

簡単に私の心のバランスは崩れたみたいだった。あの電話を受けてから、彼氏の声が聴きたくなってしまった。だってここしばらく、彼氏はあまりにも忙しかった。こんなタイミングで、友人どころか「男の人」が突然現れるなんて、寂しさにつけ入られた気がした。彼氏の声を聞かないと、変になってしまいそうだった。
彼氏と違って、あの友達は私を甘やかしてはくれないけれど、彼氏と違って私がさみしくて悲しい時、ちゃんと話しかけて来てくれる。彼の前では泣きたくないけど、あの友達の前ならいくらでも泣けそうだ。
彼氏は忙しいから、しかたない。今日も約束した時間に、電話はかかってこない。息が苦しい。そのかわり優しい。そのぶん優しい。欠けを埋めるように優しい。ああ欠けているのか、そうか。ああ。

そう納得している気でいた。
いや納得していた。なのに、昨日のアレで、納得できなくなった。へんだった。
彼と築地から銀座を通って日比谷まで歩いていた。
私は真昼から、帝劇の前でぽとぽとと涙を落とした。へんだ。涙が止まらない。私がこんなにも不安な気持ちで揺れているのに、楽しそうに仕事の話をする彼が、別の世界の生き物に見えたから。私の彼氏じゃないように思えたのだ。

この人はやっぱり私と違う。しょうがないんだけれど。違う人間なんだから、そんなのは。ばかみたいに優しくオロオロして、私の涙を拭いた彼の手を払った。「どうしたの?体調わるい?」優しい。優しい。優しい。優しい。言わない。言わない。言えない。言うべきでない。優しくあれ。
ほんとうの涙の理由なんて言わなかった。あなたが知らない人に思えたから、なんて言えるわけがなかった。悲しい。優しい。

「ぼくはみーちゃんの彼氏だから、いくらだって優しくするよ」
「損しますよ」
そう返すしかない。ばかをみる。そんな想いが報われたことなんて、親子ならともかくこと男女においては、ないのだ。
可哀想だ。この男のひとは、かわいそう。楽しむつもりのデートで、こんなにもわけのわからない理由で彼女が壊れて。

友人だって優しくないわけではない。むしろ優しいのだ。性欲を感じさせない、全人類的な優しさ。
だからわからなくなる。あんなにも「おれは友達が多いから、さみしくなんてならんわ」と言っていた彼が、半年もしないうちに変わってしまった。知らないうちに彼は、少年でなく男になってしまったんだろうか。

どうしよう私は寂しい、寂しくて、やっぱり寂しさは判断力を鈍らせる。