Undine

憎んだり愛したり忙しい

川べり、整列、ひよこ色の帽子たち

池尻大橋のインテリアショップで、レンズの意匠がすてきな、北欧製のアクセサリーケースを買った。彼氏へのプレゼントにするのだ。あなたが私とおそろいで買ったヴィヴィアンが、箱の中でもよく見えるように、蓋は限りなく透明の凸レンズ。
前々から買おうと思っていた品を手に入れて、達成感がはっきりとあった。貧乏学生の私も、ひとりでこんなにおしゃれなところに来られるようになった。

そのはずなのに、店を出た時、なんだか吐き気がしたのだ。

だって、きっとここに、彼と前の彼女はきていた。
残り香がした気がする。どうしてポイントカードなんてつくってしまったんだろう。ならば次回は絶対に、青山店に行かなくてはいけない。

小さな駅、静かな街。高速道路の高架下を、ゆらゆらとよろめきながら進む。烏山川のせせらぎのほとりについたあたりで、「私ってなんてストーカーなのかしら」と思った。

だってこれは、今の彼ではなく昔の彼を追いかけていた。私のことを知らない男を、私は追いかけている。馬鹿みたいに悲しくて、無意味な行動だった。きっと彼氏が知ったら、悲しむに違いない。

のろのろと進んで十数分で北沢川と合流した。ここまで来ると、やっと今に帰ってこられた気がした。

下北沢まで歩いて、そこから電車に乗るつもりだったのだ。いま彼氏はこの近辺に住んでいるから、ああこうやって1年が経ちました、めでたしめでたし、と勝手に納得をして、下手くそな暗喩みたいなお散歩はそこで終わったのだった。

そんなわけで、現実に戻って来るのに、彼氏を使うわけには行かなかった。彼氏を見たら憂鬱になりそうだったのは、言うまでもない。私はスマホをとりだして、トーク履歴の一番上にいる男のひとにラインをした。

「なんや、」

結局、《男》や《男女》に失望している私を救えるのはこの人しかいないのだ。

なんだか友人F(27歳男性)から、20日の土曜の夜にかかってきた電話から透けてみえた「さみしさ」は、無視したほうが好いように思われた。
つまるところ、変に私側から意識はしないほうが良い。そういう結論にいきついたのだ。

連絡を断つまえと同様、彼は何かと私を構いたいらしく、まさに小学生のするちょっかいをかけてくる。

誰よりも早くインスタグラムの投稿を閲覧したかと思えば、「あの写真可愛いな」「実物はアレなのに笑笑」とわざわざラインに場所を変えて言ってきてみたり、そんな彼のいじらしさを私は笑っていた。
そんなに寂しいのね、と私から見れば他人事だった。

彼氏はこんな私を抱きしめてくれるし、くちさみしい私にいっぱいのキスをくれる。自分を承認することができない私に、無上の承認をくれる。できの悪い私を、可愛い可愛いと甘やかしてくれる。嬉しい。なんでも与えられるから、私は悲しまなくても怒らなくても済むし、ずっと喜んでいられる。私でも、彼の前でなら可愛くいられる。だから私は、彼氏を讃えて抱きしめて甘やかす。あなたにそれがないのはかわいそう。

友達がばかに多いけれど、あなたの寂しさを本当にわかってるのはそのうちの正味どれくらいなのかしら。

どちらにせよ今の私は彼氏のいる身だし、Fさんから何を言われようとも、あーあ、おかしいんだからホント。で片付けられる。
彼は彼で「ひずみはマゾっぽいから俺からいじられて嬉しいやろ」とか、未だにそんなことを本気で思い込んでいるみたいだし、そんな思い違いも今や愛らしく思われた。

そう、彼は以前から、私の異性との関わり方が兎角気に入らないようだった。ちやほやされるために男に会うというのが、どうも金に狡く見えて嫌みたい。
自分に自信がないから自分の価値を確認したい、それだけなんだけれど、あの人はそういう弱く繊細な感性をもたない。

否応でも関わらなければならない関係ならまだしも、そんなに嫌なら話しかけなければいいだろうに、アレコレと説教してくるさまが可愛かった。

ああこの人は、根底では私と関わりたいんだと思うとほほえましい。

考え方が気に入らないのに、どこで気に入ったのかと思うと謎だけれど、多分彼は私の反省するさまが好きだったのだと思う。要は簡単に支配欲や征服欲が満たされるから、気持ち良かったんだろう。
反吐が出そうだけれど、これが人間なのかと思うと面白い。

Fさんはアレをすごく怒っていたけれど、あれは寂しくて自信なくてやっていたの、と言ったら、電話口でもわかるくらい気まずそうにしていた。予想だにしなかったのかもしれない。
続けて、私がしおらしく謝って、改心したフリをすれば嬉しそうにしていた。なんだ、とつぜん憮然とした態度でくどくど言い始めたかと思ったら。あれ嫉妬だったんじゃない。と可笑しくなった。

「Fさんに怒られて以降、本当に会いたい人以外、会わないことにしたんです」
その時の彼の狼狽えぶりといったら!
4ヶ月放って置かれた自分は結局どう思われているのかという不安。それでも今は連絡を取りあい、会う約束を取り付けることになったという安堵。そして、その会う約束があまりにも遠い3月3日になるという焦り。その全てがないまぜとなって、「俺迷惑だなんて思ってないし怒ってへんよ。おもろいと思っとった。」

「金曜日」
「今週の?」
「そう、どっかいくんやっけ?空いてないの?」
「生徒の面倒みないといけないから。1月から2月にかけては受験期だし忙しいんだあ」
「3月3日なんて遠すぎるやん。はよのもうや」
「それはそうだけれども」
「新橋いくから」
「20時半スタートでいいならいくけれど、」
「ひずみ門限何時だっけ?あんま遊べないな」
「長く遊ばないとだめなの?」
「だめじゃないけど」

指先から力が抜けていく。やっぱりこの人は友達じゃないんだろうか。男の人なんだろうか。
そう思うと憂鬱で、やっぱり27日の金曜日には会わないことにした。友達に会うならまだしも、男の人と会うのは彼氏に申し訳ない。

27日、彼氏にケーキを買う。金曜の夜、本当は行けなくもなかった新橋。いつもならすごいはやさで返ってくる、Fとのラインが滞る。
だからあえてバイト先にはサービス残業で、そもそも新橋になんて絶対に行けなかったことにする。


「これ、池尻大橋の?みーちゃんは僕の好みをほんとうによく解ってる。ここ、すごく好きなお店で、」

土曜の夜、彼氏の誕生日を祝いながら、Fのラインの通知を切る。土曜の夜に電話なんてかけてこないで。バカな男。

「そんな気がしたの。私も好きかもしれないから」
目線をうろつかせ、気まずそうに笑った私の頭を、彼氏は撫でた。

ありがとう、こんなにかわいいものを、ありがとうね、ぼくが指輪を毎朝探しまわって、やっとのことで着けて出勤してるって知ってたんだ、

プレゼントをあげたのは私のほうなのに、なぜか泣けるほど嬉しくなって俯いた。

私は、27歳や28歳になった時、独りで立って、隣の人に優しさをふりまいていられるんだろうか?