Undine

憎んだり愛したり忙しい

卵 (なんども死につづける)

遭難

遭難

ほんの一瞬ではあるが、排卵期の性行為で、避妊具をつけなかった。

一度目、彼はちゃんとゴム袋のなかに吐精した。ラバーだかシリコンだか、ラテックスだかなんだか、私はしらないが、彼の分身にぴたり寄り添うその皮が、どうも好きになれないでいた。
てかてかと光る見た目とは裏腹に、潤いをことごとく吸い取るのだ。痛い。私は、痛くて泣いて喘いでいる。
でもそれが"なんだかたまらない"から、私は種明かしをしない。無理矢理受け入れてやること…を愛だとまだ勘違いしているのか、体はそれで問題なく反応する。痛みに比例して、頭の中で白いものがぱちぱちと弾ける。

でもひとたび終われば、痛みだけを思い出す。光源を限界まで絞った部屋に、まちなかの街灯の白光が忍び込む。ほのかな・わずかなはずのその光を、鋭く反射する、私は、心持ちもの憂げにそれらを眺めているのだ。

「ほんとうに大好きだから、ゴムをつけるよ」

そう言って彼は、いつものように私に口づけをした。なんか前も聞いたなあそれ。私は彼のことがとても好きだし、多分彼のほうこそ私のことが大好きだけれど、その言葉には違和感を感じる。まるで言い聞かせてるみたい、と深読みをする。

いや、それはまあ、どうだっていい。
どちらかというと、「きみが大好きだから、きみに種をわけあたえたい」っていう結論にならない、そんな現代人といういう生き物が悲しい。だって女の私は好きな人のものがほしい。人としての私はそうもいかない。きっと彼だっておなじ、人としての優しさを理由に抑制している。
そんな理不尽な想いは柔らかに、私のなだらかな胸郭のなか絡まっていく。


もとより、その夜はおかしかった。

今日は泊まらないと言ったが、彼と私はじつに積極的に唇を求めあった。泊まらなくともやれることはできる。しかしながら私たちは普段、「泊まれない」と言ったら「致さない」ことになっているのだ。良識ある大人としての彼と、良家の娘としての私が、それ以上の行いには蓋をしていた。

キスをする、好きと言い合う、夕食の皿を片付ける。まったくもって、効率的でないやりかたで。
右手にスポンジ、左手に洗い終えた皿、腰には彼の腕が回されている。飽きた私は左手をジーンズのポケットに突っ込み、携帯を取り出す。この土日、家に両親はいない。残っている祖母と弟がすこし心配だった。

「今日は帰る?」

ぼーっと遠くに目をやって、言葉もあまり話さなくなった私に、彼は優しく声をかけた。
訥々と事情を話す。そんなことで引き留めたり不機嫌になったりするような人ではない。じゃあ今日はかえりなさい、と頭を撫でてもらってから、キスしてもらうのを待った。
でも1秒だって待てなくなって、当然のように腕を伸ばし、彼に絡まるようにしてキスをした。彼の手が私の髪を撫でた。
「じゃあ、今日はいつもよりやらしいことしようよ」と、彼は言った。

それからはもう、ご想像の通り。終電までのタイムリミットは残り2時間、全行程を良いペースで消化しながら、彼は絶頂を迎えた。満足感もありつつ、ダラダラと服を着てテレビを見る時間も持てる、優等生のセックスを楽しんだ。

でもなぜか、「それだけでは終われなかった」。その日は2人しておかしかった。
私は1度すれば満足するし、実際その日は、ほんとうに泊まりたくなかった。会社に入って初の土日に、彼氏とはいえ他人のうちのベッドで浅い眠りをいただくなんて御免だ。
彼だって淡白ではないが、年かさなのもあってか無茶なことはしない。射精のタイミングだってある程度コントロールして行為をする。

欲望に基づく行為でありながら、どこか理性的で清潔感のある、すこし格好のついた、そんな雰囲気を気に入っていた。みどり色の、かわいいソファで、読みさしの雑誌をきれいに避けながら。あるいは、床に落ちた天窓をしめるリモコンを、テーブルにそっと乗せながら。

やらしいってどういうの。
なんだかんだと底意地の悪いことをいいながら、勝手知ったる男の腹に手をそわす。人よりすこし長い舌を、今だけは便利だと思う。咀嚼にも発話にもやや邪魔なそれで、彼の心ごと搦めとれるのではないか?

いつもどおり、きもちよかったね。

耳ごとしゃぶるように甘い皮肉を言った。だから、あり得ない二度目が起きてしまった。
ロフトから持ってきたのはひとつだけ。ていうか、なんでロフトにだけゴムを置くの。ソファですることが多いんだし、ソファの下にでも一箱、置いておいてよ。もう今更、中断なんかできないでしょ。今度買っておいてあげるね。

ああもしかしたら、ねえ、がまんしてるの。


彼は、だめだって、と一瞬だけ笑って、避妊具をつけないまま私の中に押し入った。目の裏があつく、赤い。だめなくせにはげしい。あはは、へんね、おかしいわ。
(思ったより長い。)

もうやめてよ、とまともな人間としての私が目を潤ませた。なのに女としての私が舌を硬ばらせる。きっと変な顔だったろう。すこしだけ泣きながら、すこしだけ笑っていたんだと思う。

私の妙な顔を見咎めてか、ごめんね、と言って彼は一度自身を抜いて避妊具をぱちんとつけた。あとはもういつもどおり。私は電車に乗って、家に帰った。


おかしな話だが、翌日からはいつもどおりというわけにはいかなかった。
会社の近くの産婦人科を調べた。過敏かもしれない。
そこには迷いながらやっと辿り着いた。その日は雨が降っていた。会社の人から借りたビニール傘を丁寧に畳んで、ドアを開けるとたくさん女の人がいた。女の人しかいない、とうぜん。

「可能性は低いと思うが、ゼロじゃない。議論したって仕方がないですよ。その可能性がある行為をしてるんだから、ピルを飲もうがなにをしようが……する時はするし逆も言える」

先生はそう言った。議論する時間はくれなかったが、考える時間を彼はくれた。

私は、ノルレボを買わなかった。
かわりと言ってはなんだが、ごくふつうのトリキュラーを買うことにした。

結局は時期時間の問題である、いずれにせよ私は命の可能性を摘み取った。妊娠の可能性がある行為なんだから、現状妊娠したくないならセックスをしなければいいのに。
快楽に最適化された現代人らしい選択と言える。

避妊は男任せにするものじゃない、
男が女に責任を取る目的でゴムをつけるわけではない。
生まれるかもしれない未来の命に、我々ふたりが責任を持てるかどうか、なのだと気づかされる。私はまだ子どもを持つ覚悟も計画もないから、ピルを飲む。

以上が事の顛末だ。

真っ先に私に謝り、私以上に私の体を心配していた彼に、思うことを打ち明けた。
彼はそうだね、と言ったあと、ぽつんと「みーちゃんの子どもは絶対に可愛いよ」と言った。ありがとうね。

私はまだ、子どもは産めない。