Undine

憎んだり愛したり忙しい

天窓付きの家の屋根裏

生理は来た。子供は来なかった。
私はきのう、初めてトリキュラーを服んだ。





憧れて入った職場、初めて触れる「仕事」というもの、もう学生ではなくなってしまったという自覚。
それらが、正常なサイクルを乱していた。よくある話だが。

体温計と同じくらいのサイズのピンクの棒。そこに開いた、小さな小さな四角い窓。窓の中にはなにも映っていなかった。私の中には、私以外なにもいない。



私はこのところずっと憂鬱で、取り乱していた。彼はそんな私を絶えず抱きしめてくれたし、子どもできてなかったらいいね、とか、たぶん大丈夫大丈夫しんじてる、だなんて無責任なことは一言も言わなかった。

「きちんとした流れを踏みたかったけれど、大好きなみーちゃんと子どもが出来たなら、それはとても嬉しいことだと思うよ」
「ただ、不安にさせるような行為をしてしまったのはごめんね。本当に最低なことをしたと思ってる」
「妊娠してるとわかったら、すぐに挨拶の日程を設定させてください」
「みーちゃんの子どもだなんて、絶対にかわいいと思うよ」

追い詰められた私が、彼を追い詰める。彼はそんな時でも真摯な言葉を忘れなかった。

どうして私に、こんなに優しくしてくれるのだろう。初めて受けるこんなあつかいにいつもとまどってしまう。上手なことなんて何ひとつ言えず、私は感極まって泣いたり、笑ったり、すきだよと言ってみたり、抱きしめることでしか伝えることができない。


妊娠の可能性がある行為をしてからも、私たちは身体を重ねた。懲りていないわけではない。多分もう、そうなった時の流れなんて、いつにせよ慌てるしどうであれ傷つけあう。一種の諦観のようなもの、なのかもしれない。恋人である以上、切り離せないのだ、こういう行為は。
恋人である私たちは、傷つけあった時は言葉を交わし、身体を重ねて修復をする。もうそう解ったのだから、そうするほかない。


「ずっとこうしていたい」、彼との時間はその位心地が良い。優しさと肯定と思いやりに満ちている。

しかし口にしてみればその言葉は空恐ろしく、汗ばんだ背筋のうらでぞっとするような、そんな感触がする。
だって、言葉にしてしまえば、はっきりとわかってしまうのだ。私たちは行為中、理性で愛し合うことができていない。夜の後始末は…日常の生活は、理性が請け負うことになるのに、だ。

いっときの感情に、押し流されることが怖い。心から愛し合うことなんて、もっと怖い。ベッドの上で、昼間の私が、跡形も無くなってしまうことが怖い。人間じゃなくなってしまう。私は、怪物やら化物になってしまうのか。

その日もいつも通り、気持ちが良かった。



ヘトヘトになった身体を綺麗に整えて、彼と沖縄料理を食べに外に出た。

ゴールデンウィーク中とあり、どこも混んでいた。飲兵衛たちはちょうど二軒目といった頃合で、店は普段以上にがやがやとしていた。

「僕はずっと前から大好きって言ってるよ」
「そっかあ……そっか、」
「…おいしい?」
「すき」

そうめんちゃんぷる、というものを初めて食べた。素朴な見た目なのに、口にすると複雑な旨味が広がった。美味しくてついちゅるちゅると啜っていると、銀座にもおいしい沖縄料理のお店があるから連れて行ってあげる、そういえば沖縄行きたいねー、なんていう話になった。

「……え、じーまみー豆腐もうないんですか。うー、残念だなあ。じゃあちょっと考えます。ありがとうございます」
「ねえねえ、じーまみーってなに?」
「超おいしいんだよ、ナッツの味の豆腐。代わりには……スパムでいいかな。あときゅうり」
なんでも本島に行ったことはなく、仕事で3度石垣島に行ったのみなのだという。でも、沖縄料理、くわしい。


生理が来たら、私はトリキュラーを服む。そうしたら私たちは、望まない妊娠をしないで済む。望む時に子を成せる。今がその時でないのは、お互いにわかっている。

破花

破花